2008年02月03日(日曜日)
#125.阪急メンズ館は今後大阪における特化ビルの指標になるだろう
最高の立地、集積規模、フロアレイアウト、阪急ブランドの牽引力・・・
失敗する要素が極小で、特化ビルとして奏功するか否かが論点のビルになるだろう。
オープン初日、2月1日(金)仕事帰りの午後7時過ぎ、早速視察をしてきた。
初日かつ金曜日という事もあり、ごった返しの混雑を予測していたが、フロアを何とか自分のペースで歩ける位の人の密度だった。
社会人と非社会人の割合は五分五分といったところだろうか。オープン初日なのでこれらの情報価値はほとんどない。
いずれにせよ今まで経験した事がない雰囲気。まず女性が居ない。これほどの緊張感でフロアを歩いた事がない。
”男は外に出ると7人の敵が居る”をそのまま具現化したような、目を合わせるわけではないが、それぞれが立ち居振る舞いで威嚇し合っているような心地よい緊張感があり、思わず背筋を伸ばしてしまった。
今まで様々なビルを視察してきたが、本当に驚かされ、ビルを後にするまで胸が躍っていた。
正直な話、筆者は普段男など見ないが、良識と節度あるオトナのファッション人が多く、フロアを歩くだけで随分ファッションの参考になった。
特化ビルの長所や感じた事を筆者の主観で以下に列挙する
■心地よい来訪者同士の緊張感があり自分のワードローブを更に充実させたくなった
(受験生が模試を受けて更なる勉強の必要性を感じるような)
■ファッション誌の架空ファッションではなく現実ファッションの参考になった
(店員のファッションではなく来訪者のファッションを見て)
■服を買う場合、数箇所のファッションビルや百貨店を見て回るが、今後、メンズファッションの最大の集積所として、第一に立ち寄る場所になるだろう事
■来訪者の同属回避(同じ様なファッションの人を避けようとする事)は在り得ないと感じた
(特化ビルの高集積が故に)
列挙したものを見ていただくと自ずとお分かりになるだろう。
特化ビルのキーポイントは、来訪者自体にある。
阪急メンズ館は特化ビルの特徴が如実に出現している。是非関係者は視察をお勧めします。
通常のファッションビル、百貨店ではちょっとあり得ない雰囲気を是非感じて欲しい。筆者が言おうとしている事が分かって戴けると思う。
阪急メンズ館が特化ビルとして成功すれば、他者も追随せざるを得なくなるだろう。口火を切るとは正にこの事。
当然、今後もこのビルをコラムで取り上げていきます。
2007年12月07日(金曜日)
#124.百貨店のメンズ戦略は将来の顧客を育てる事
メンズの市場規模は”元々”小さいという考え方は、いかにも古典、マイナス思考。
メンズは現状の市場規模自体、含み損を抱えていて、未だ真の市場規模へ成し得ていないという捉え方が真っ当。要するにスタート地点にさえ立っていない。
男女同数、金銭的余裕は男性の方がある訳だから、レディス以上の市場規模が真の市場規模となる。
産経新聞によると、関西の百貨店各社が、紳士服の強化に乗り出し、他社との差別化を図ろうとしているらしい。阪急百貨店は来年2008年2月に、梅田へ日本最大のメンズ館を誕生させるとの事。売り場面積は伊勢丹新宿店のメンズ館を上回るらしい。
百貨店の使命は、百貨の如く良品、高級な物を集め、幅広い客層に見てもらい、その良さを知ってもらい、将来の顧客を育てる事。
男性の圧倒的大多数に”仕事帰りに同僚や友人と百貨店にでも寄って服でも見るか”などという思考パターンは存在しない。
当然疲れているからというのもあるのだろうが、敷居が高いというのが主要因。
排他感だけならまだしも、メンズフロア自体が閑古鳥状態なので、なおさらショップへ入りづらい。
現状の百貨店のメンズフロアは、量販店に押された歯抜け商店街の様相を呈している。まるでメンズ市場の縮図。
百貨店に対しては、一つ提案したい。
定期的に、催事フロアで、服の着こなし方実演ショーなどどうか。当然メンズ。
今の季節なら、マフラーの選び方、マフラーの結び方、コートのベルトの処理の仕方など。知っている人は意外に少ないはず。
女性ならファッション雑誌などで当然の知識として持っている事が、男性には無いわけで、そういう所に着眼点を置いてみるのも一つの手だろう。
メンズ市場拡大において百貨店の担う物は大きい。良品を扱い適正価格を掲げる百貨店はアパレルショッピングの教科書とも言える存在だからだ。
今回の阪急のメンズ館にも求めたいことは、兎にも角にも排他感を無くすこと。これはサイト運営と同じで、内容が良くても誰も見てくれなければ、無いも同じ。
百貨店側も、メンズフロアに新風を入れるのが目的なはず。排他感で高級感を感じ、それを求める人達にフロアを占領されるような事態だけは避けて欲しい。
2007年05月15日(火曜日)
#123.彼らは出世意欲が低いのではない、立身出世像が違うだけ
財団法人「日本青少年研究所」の「高校生の意欲に関する調査―日米中韓の比較」によると日本の高校生は米中韓の高校生よりも「出世意欲」が低いらしい。
「偉くなりたいか」という問いに、「強くそう思う」と答えた高校生は中国34.4%、韓国22.9%、米国22.3%、日本8.0%とのこと。
出世意欲がないと言えばエガティブイメージだが、超現実主義者と捉えると何か大人びたイメージになる。
実際、後者が正解ではないだろうか。
これに関しては以前のコラムでも執筆した。
#055.新成人の興味深いアンケート調査
同研究所の理事長は「食べることに困らなくなり、今の高校生は『偉くなりたい』という意欲がなくなってきている。」と分析している。
鼻タレていた旧世の高校生を測るがごとく、彼らを分析てはならない。
筆者は、彼らが思い描く、成功或いは立身出世像が違うだけであると認識している。
実際、高校で夢を語り、大学で現実世界の一端を覗き、社会へ出て打ちのめされ、ほとんどが現実主義者へと変貌してゆく。これらの過程をたどることは最近までは普遍のものだった。
しかし彼らはネットなどの情報から現実社会を仮想体験し、社会人を経験せずとも現実主義者になっている。
これを悲観すべきか楽観すべきかはさておき、他の世代より遥かに早い段階から現実社会で生活することを前提にし進むべき道を模索している。
こういう視点で彼らを改めて見てみると、素直にアンケート結果を受け入れられるだろう。このニュースから読み取らなければならない事はここではないだろうか。
真実を報道できないでいるテレビには興味を示さず、ネットへ傾倒する若者の増加も最近よく報道されている。
彼らは他世代とは志向性という点で明らかに一線を画している。是非是非見守ってゆきたい世代。
2007年05月07日(月曜日)
#122.希少性の存在が百貨店を支えている、経営統合はブランドの相殺も孕む
先日の産経新聞で高島屋の社長が語っている。
「再編がなだれ現象のように続くとは考えていない。統合によって単純に企業規模が大きくなれば、競争力が高まるという考え方には違和感を覚える・・・」と。
氏はこの中で、中国進出について「百貨店を軸に、専門店が入る複合商業施設とする方向も検討している・・・」とも語っている。
平成21年に大幅増証する大阪店は、専門店を入居させた「都会型ショッピングセンター」を打ち出すとの事。
百貨店において、規模の優位性が無いという事に関しては同感できるが、百貨店の専門店街化構想は真逆。
筆者は、百貨店の正常進化の未来像は専門店街化ではないとかつてのコラムで散々書いた。
#089.百貨店という業態こそセレクトショップに向いている
#087.百貨店の正常進化の最終形は”高級セレクトショップ”である
#078.百貨店の”専門店化”と”箱ショップの壁撤廃”は要注意
百貨店の専門店街化の問題については過去のコラムを読んで戴いて、今回は百貨店の規模の優位性について語りたい。
今回のコラムのテーマでもあるように、希少性の存在が百貨店を支えている。希少性については語るまでも無い。
スーパーマーケットと百貨店の違いはここにある。
規模の優位性を押し進める事は希少性と相反する。高島屋の社長がこれをベースに語っているかどうかは定かではない。
昨年2006年9月の大丸と松坂屋の経営統合は筆者も気になっていた。
この経営統合は希少性の有無以外にもブランドの相殺という危険性も孕んでいる。
※「ブランドの相殺」とは・・・概ね相乗効果の反対を意味しています。筆者が勝手に創りました。
大丸と松坂屋の経営統合は、屋号をそれぞれ存続させ、店舗配置も今日までバッティングしていないし、これからもさせないとの事。
この経営統合事例は現時点で、希少性を損なう危険性もブランドの相殺も無いものだが、将来的に社力の優劣が表面化し、ブランド自体の整理統合も考えられなくもない。
百貨店における最重要ポイント、希少性とブランドを軽視する可能性のある経営統合は、メリットである高効率化を差し引いても得策とはいえないと結論したい。
2007年04月25日(水曜日)
#121.現状の電子マネーでは未来など無い、まだまだ過渡期
流通大手、イオングループとセブンアンドアイは今年から電子マネーを導入するとの事。各社独自の規格らしい。
■電子マネーの使える店かどうかを確認しなければならない手間
■電子マネーにチャージする手間
■持ち金を一元管理できない
■規格が多すぎる、財布がまた太る(カードの場合)
■どこで何を買ったかなど記録が残ってしまう
正直、筆者は”小銭を減らしたい”、”すずめの涙サービス”で、これらの手間・苦痛に耐えられない。
10年後、電子マネーが現状の利便性のままで生き残っていれば奇跡。
将来的には「家にあるテレホンカード」のような存在になるだろう。
現状の電子マネーは、前回執筆した単なる「考え過ぎさん」で終わっている。
もしファッション界が今後、それでも電子マネーを導入したいというのなら、車のキーレスエントリーのようなシステムを是非導入してもらいたい。鍵を自分のジャケットやカバンなどに入れておいて、手を触れるだけで開錠してくれるというあのシステムを。
カード太りした財布をジャケットに入れるなどファッション界では許されないだろうから。
キーホルダー型の物や、時計に内蔵されている物は、既にアメリカで実用化されているが、それぞれ受信機にかざさないといけないシステムで、車のキーレスエントリーのようなシステムはまだ聞いたことが無い。
車のキーレスエントリーのようなシステムになって初めて「超考え過ぎさん」になれる。
電子マネーを経済ニュースでは、ひたすら業者側のメリットばかりを掲げていた。消費者がどこで何を買ったかなどの情報を得ることができると。
これも一歩進めて、消費者自身が過去購入したシャツのサイズであったり、ジーンズのサイズがその場で確認できれば、サイズで悩む時間が節約でき、更にショッピングを楽しめるようになるのではないだろうか。
いずれにせよ、現状の電子マネーシステムはファッション界とは程遠い、ドンクサイ代物であると考えて欲しい。
2007年04月17日(火曜日)
#120.アパレルでは「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」が愛される
久々に執筆します。
去年の夏以降、実に9ヶ月ぶりです。
「一度腰を下ろすとなかなか立ち上がるのが億劫になる」というのと同じで、この9ヶ月間中に執筆したくなるようなファッション界のニュースが数あれど、「ネタの充電期間だ」と自分に言い聞かせ、自分を甘やかしておりました。
最近街中を歩いていて感じるのが、昔に比べると妙に街中が歩き辛くなったという事。具体的にいうと、向かってくる人の視線が定まっていないというか、ボーっとした人が多く、コチラが非常によけづらいという状況。
筆者の気のせいだろうか…
これを平和ボケなどと安易に分析はしたくない。経済という観点で考えてみると決して平和ではないのだから。
筆者は物事を考えながら歩いているのだと解釈している。要するに考え過ぎさんが増えたのではないかという事。
先日、とある百貨店の紳士物のバッグ売場で、面白いものを見つけた。
棚に「バッグを手に取ってください。そのバッグの説明が横のディスプレイ上に表示されます。」というステッカーが張られていて、好奇心旺盛な筆者は早速、片っ端からバッグを手にとって20インチほどのディスプレイに映る説明画像を確認しつつ、新技術に関心&楽しんでいた。今から考えると買う気が無かったから楽しめたのかもしれない。
もし買う気があったら数多くのバッグを見たいだろうからそんな面倒なことはしなかっただろう。バッグを見つつディスプレイも見ないといけないわけで結構面倒に感じる代物でもある。
お客参加型エンターテインメントは正常進化の過程にあると考えているし、実際筆者は楽しめたので、考え過ぎシステムと酷評したくは無いが、他の客は見向きもしていなかったというのも事実。
百貨店型紳士淑女は筆者のようにディスプレイ前で遊んだりしない。ここがこのシステムの抜けている所。
要するに今回のコラムの「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」のどちらにも当てはまらない「単なる考え過ぎさん」で終わっている。実にもったいない。
きめ細かさは日本人の特徴。きめ細かさは、悪く言えば考えすぎということになる。どちらでとられるかどうかは、やはり最後の詰めで変わってくるのではないだろうか。
「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」については長くなるので次回以降に執筆します。
2006年07月19日(水曜日)
#119.サンダルのデザインは限界、足元の和装化は当然やってくると見るべき
近頃、休日に出掛けると浴衣姿の女性によく出会う。相対的に男性の浴衣姿は少なく感じる。
この前などドラッグストアの店員が着ていて実に風流を感じた。”いつもと違うユニフォーム”というのも相まってか、場が一挙に華やいで見えた。コストを度外視して考えると、ユニフォームを頻繁に着替えさせるというのは、売場のレイアウト変更並みに場の新鮮さを消費者にアピール出来るのではないだろうか。
ファッションビルや百貨店を見て回っていると浴衣含め夏場の和装の増加を感じずにいられない。メンズフロアには雪駄まで置いている。
カジュアルシーンならサンダルの代わりに雪駄でも違和感はないように思える。草履もおかしくないだろう。さずがに下駄では街中でうるさ過ぎかつ危険だろうが…
以前、夏場になるとサンダルが恋しいと執筆したが、未だ即買いしたくなるようなサンダルに出会っていない。
中にはトイレのスリッパと形容したいような代物が4万という値札を付けて鎮座している事もある。
サンダルを探してうんざりしているのは筆者だけではないだろう。
夏場の和装ブーム到来は快適性故であり、この快適性故の変革はアパレルに限らず他業界でも起きている。自動車業界のミニバン、ワゴンの寡占化はそれを良くあらわしている。
人がふれるアイテムのデザインは、まず人間の快適性ありきで、それを無視したデザインは劣悪と言わず、人間を無視しているだけに卑劣なデザインといえる。
クーラーの無い古来、蒸暑い日本で人々は風流で機能的な涼み方を心得ていた。それを見直すアパレル界の動向は、日本人として、人間として実にうれしい。
2006年07月11日(火曜日)
#118.消費者にとっては服飾のプロの最後の一押しが心の安らぎ
肩幅ピッタリ丈ピッタリの服にはなかなか出会えない。このあたりの問題は、既製服にとって永遠の問題・課題なのかもしれない。
筆者はサイズセレクトの失敗は未だにある。だから迷った時は必ず店員に聞く。面白い事にカジュアル量販店で店員の勧めのサイズで買った半袖シャツを、サイズが合っているかどうかを改めて百貨店の箱ショップの店員に聞くと小さいのでは…と言う。百貨店の店員の話によると、結局着こなしによって違うのでどちらが正解と言うわけではないらしい。ブランドが軒並みS.M.Lを1.2.3という表記に置き換えている理由・意味が何となく理解できた。必ずしも体の大小のみでサイズが決まるわけではないという事で。
そういう意味で、サイズに迷いながらショッピングと言うのはリアルショッピングの楽しさのひとつかもしれない。
各ブランドが参入を進めているネット通販においては、そのサイズセレクトが消費者にとっては一番の懸念事項になっている。やはり試着できないネット通販は現状、冒険でしかない。靴などは怖くて仕方が無いだろう。
ネット通販に参入するのなら、消費者心理というものをもう少し研究してもらいたい。
消費者は結局プロの最後の一押しがほしい。
それがベストセレクトで無いとしても、服飾のプロから「あなたのサイズはLだ!!」と断言されると絶大な安心感を持ってショッピングができる。これが大きい。
現状のサイズ表記はそれぞれのサイズ間に必ずダブりがある。
個人的な話、筆者の身長(178cm)ではMでもLでも大丈夫(ボーダー内)だったりする。ここで迷う。そこからのケアがあるのがリアルショップ。残念ながらバーチャルショップにはここが欠けている。
ネット通販においては、ただただ服のサイズを羅列するだけではなく、例えば身長はもちろん、スーツの体型、シャツのサイズ、更に体重、体脂肪率をそれぞれ入力してもらって、自動的にサイズを弾き出すようなチャートプログラムがあっても面白いだろう。もちろん回答は断言的にして。
2006年07月04日(火曜日)
#117.建替え中の梅田阪急に望むこと
先日、梅田の百貨店のバーゲンへ出向いた。現在建替え中の阪急だが、建替えによる在庫処分の影響も手伝ってか例年より高集客に見えた。「良識的に商品を漁る」という光景に百貨店らしさを覚えた。
梅田阪急に限らず、百貨店へは夕刻6時以降、週に二回ほどの頻度で立ち寄っている。
良い物を見て目を肥やすというのもある。店員と話をして雰囲気を楽しむというのもある。百貨店へ来ている人間を観察するというのもある。
梅田阪急に関していえば、売り場は画一的ではなく、いまだに迷うことがある。梅田阪急の気に入っている部分はまさにこの部分。
新しい発見というのは常に迷いから始まる。ちょっと考えてほしい。見知らぬ道を歩いていて迷った結果、最終的に新しい道を覚えたという経験は無いだろうか?
逆にいうと、迷いが無ければ新しい発見など無い。これは少し言い過ぎの感があるが、大きく的を外していないだろう。
新しい発見とは即ち、ある種の感動であり、エンターテインメントでもある。なぜ、以前から迷わすフロアを造れと言ってきたのかというと、これがあるからだ。
売場面積を最大限に活用させる為にどこもフロアは画一という言葉通りスクエア的で正直楽しくない。
現状の阪急のそれは増築の繰返しが原因して結果的にそれが好転しているのだが、今回の建替えによって画一的フロアにならない事を願うばかりだ。
それともうひとつ。人が歩く面だけでなく、それと同じだけ面積を有している天井に関しても視覚戦略としてデザインしてもらいたい。
これに関しては次回以降改めて執筆したい。
2006年06月22日(木曜日)
#116.クールビズ、足かせの開放は二の次か
近頃ひたすらビジネスマンの足元を見ている。特にノータイのビジネスマンの。
ビジネスシューズは本革、合皮しか有り得ないのか。相変わらずゴツイ靴が多い。
なぜかクールビズの話題において足元があまり語られない。
ネット検索で「クールビズ 靴」で検索しても思惑のサイトへなかなかたどり着けない。
足の寒暖がどれだけ体感温度に影響を与えるかは言うまでも無い。筆者は最近、全体の高さが低いスリップオンタイプの革靴に履き替えた。おかげで通常の革靴へ戻ることができなくなってしまった。これだけでかなり涼しい。チャッカブーツなど論外。
笑ってしまうが、石田純一ばりに”靴下無し”も試したが気持ち悪いだけだった。
革靴に見える又は驚異的な通気性を保つ革の素材開発、更に話を進めて、ファッション界の使命として、ビジネスの場でノータイが受け入れられる様になったが如く、スーツ姿において革靴以外でも受け入れられる様なブーム作りが先決かもしれない。
政府が主導したクールビズ。言葉と共にノータイスタイルが意外に普及しただけに、相対的にファッション界の影響力の弱さが目立った。そういう意味でもぜひ仕掛けて欲しいブームだ。
「人の行く裏に道あり花の山」ごとく、クールビズにおいて足元が軽視されている事をビジネスチャンスと見る事が出来るか否か、これはファッション界の先進性にも通じる事かもしれない。
2006年03月29日(水曜日)
#115.アウトレット事業は「アウトレットだから」という意識を捨てるべき
丸井はアウトレット事業に本格参入するらしい。日刊工業新聞によると、丸井本体にアウトレット事業部を設置し、アウトレットモールにテナントとして出店し、プライベートブランド(PB)などを消化する販路としたいらしい。
先日、関空に対岸する「りんくうプレミアムアウトレット」へ出向いた。
見慣れたブランドショップを見回っていると、安さに心ときめくも、サイズタグを見てガックリさせられる事しばしば。
アウトレットだからと言われればそれまでなのだが、「なんて品揃えの悪い!」と思われるのもショップ側として面白くないだろう。
何かプラス発想の戦略が必要になるだろう。消費者にガックリさせないような。
サイズが揃わないのなら、ディスプレーの仕方を変えるべきで、サイズ別にディスプレーするなどの対処が考えられる。それによって、サイズの品揃えに難アリのアウトレットでも、客がムッとする機会がグッと減るかもしれない。
アウトレットだから…と逃げの口実を持って、それに甘んじていると発展など望めない。
アウトレットショップの良い所は、ブランドショップのような気取りも無く、かと言ってファミリーチックになりすぎない所。
そういう意味で筆者はアウトレットという業態は、ファミリーがブランドに触れられる貴重な存在であり、ファミリーをブランド指向へ導く本家ブランドショップにおける呼び水的な存在で、新たな購買層を作り出す重要な役割を担っていると考えている。
今後も更なる安定需要が見込まれる業態ではないかとみている。
百貨店の次期戦略としても無視出来ない業態のひとつになりつつあるのではないだろうか。
ただ、アウトレットとは何たるかをもっと明示する必要性があるように思う。
2006年03月07日(火曜日)
#114.バッグにおけるブランドの価値、重要性
バッグにとってのブランドは、アパレルのそれとは比べ物にならないほど重要。
ちょっと考えてほしい。人が着ている服のブランドを当てることはできるだろうか?多分、決まりきった定番ブランド以外は難しいのではないだろうか。
対して、人の持っているバッグのブランドはどうだろうか?結構簡単に分かってしまうのでは?
筆者が言いたいのはここ。パッと見、甲乙つけやすいのがバッグ。故にバッグはブランド性が大事。
先週の「一澤帆布」のお家騒動は、関係者の体たらく振りを世間に知らしめた。「バッグのブランド性」について再考させられる一件でもあった。
関係者のみっともなさはともかく、鞄職人を全員引連れて新たなブランドを構築するという戦略、バッグのブランドに対する認識の甘さにびっくりさせられた。
「一澤帆布」というブランドを広めるのにどれだけ苦労したのかは関係者自身が一番知っているはず。
筆者の視点では、「職人達」と「ブランド」を天秤にかけて、職人達を取ったようにしか見えない。
キツイ表現になるが、「一澤帆布の鞄職人」からブランドを取り去ると「単なる職人」になるという危険性を経営者として認識しているのかと問いたい。
「職人達」と「ブランド」は常に一心同体。お互いどちらかが欠けてもフヌケ状態。それがブランドビジネスのいい所でもあり悪い所でもある。
今回の騒動でブランド自身も激しく傷ついただろう。
この一件は先週執筆したとおり、既に購買した人達に対する背信行為ともとれる。
新ブランドを立ち上げると言う気概は感じられるが、戦略としていかがなものか、今後の動向を見守りたい。
2006年02月28日(火曜日)
#113.善良なブランドなら消費者保護の観点も考えるべき
ブランドの偽物対策は、ブランド保護だけにとどまらず、消費者保護の観点からも必須。それが善良なブランドと言うもの。
先日、朝の経済番組で、海外ブランドがホログラムを使用してブランドの偽造阻止にのり出していると報道していた。
少々遅すぎの感がある。日本で人気ナンバーワンの名だたるブランドバッグは、偽物が氾濫しすぎて、全てが偽者に見えてしまう。こういう現象は、本物を持つ消費者にとって迷惑この上ないだろう。筆者が言いたい消費者保護というのはまさにこの部分。本物のブランドを購入した人の事だ。
もちろん、これから購入しようとする人についても保護しなくてはならない。
以前、各ブランドのウェブサイト活用法に苦言を呈した。
ブランドはそのブランド自体の紹介だけでなく、過去出したモデル、現行モデルを写真などで完全網羅したサイト構築をしろと。結局これをやることによって、消費者がやましい激安通販サイトへ迷い込んでしまう事もある程度阻止できる。
何より消費者に他のサイトで真贋解説やらモデル自体の存在を確認させるというのが、ブランド主として恥ずかしい事この上ない。
以前、ちょっとびっくりした事があった。高級ブランドの少々高めのベルトを百貨店の箱ショップで購入した時のこと。家に持ち帰ってそのベルトを眺めてみると、どこにもブランドの刻印がない。こういう物もあるのかとその時はさして気にも留めなかった。が、よくよく考えてみると、ブランドで売っているにもかかわらず刻印が無いというのはおかしな話。
消費者にとって刻印は安心感。安心感を売るというのもブランドの使命。
消費者保護という観点では、セレクトショップのブランドの取り扱いについても言及したいが、長くなるので次回以降に執筆したい。
2006年02月21日(火曜日)
#112.「価格」もファッションのひとつ、心粋の問題
財界では、経済格差の問題が浮上してきているが、ファッション界では内なる美意識格差が確実に進んでいる。
毎日新聞によると、ブラジャー1枚が1万円を超す「高級下着」の愛用者が増加する一方、普段人に見られない下着を「実用下着」と位置づけ格安下着を購入する人も増えているとの事。
最近、筆者の目、男の目で見て、世捨て人ならず、女捨て人の増加を感じている。もちろん、女性の目から見て、男を捨てた男の増加の指摘もあるだろう。それは甘んじて受け入れたい。
が、やはりファッションと言う観点から見て女性のそれは際立っている。
男、女と交錯するが、男性のファッションは、過去10年と言うスパンで見てみると確実に底上げされた。低価格、高品質の量販店の台頭がそうさせたのは言うまでもない。
女性のファッションにおいてはそれは当てはまらない。むしろ「低価格衣料」がいつの間にか「実用衣料」へすり替わってしまっている。
女性の下着については、普段人に見られないという少々特殊なファッション性を持ち合わせ、心の内を映し出す衣料でもあると以前執筆した。
安いから、慎重に選ぼうとしないというのも、格安衣料の弊害と言ってもいいだろう。
ファッション性と価格は全く別次元の話と見る人は多い。大抵は、「高いブランド物でもダメなものもある…」と反論する。
ファッション性というものを改めて考えてみると、ブランド、デザイン、”価格”の3つのベクトルが存在しているとみている。
ブランドとデザインは正に外見。筆者は価格を心粋と見ている。
ファッション性に価格の話を持ち込む事自体抵抗を感じる人は多い。ちょっと考えてほしい。高い服を着ている時「高い服を着ている♪」という内なる悦びを感じたことは無いだろうか。
更に言うと、ワードローブをのぞきこんだ時、それぞれの服の値段が頭の中に入っているのではないだろうか。
電車化粧女に代表される、特定の日、特定の人にだけ良く見られればそれで良しとする心粋の無い風潮はかなり気になる。
格安衣料にその風潮の責任を押し付けるのは実に酷な話だが、因果関係は無いとはいえない。
いつの間にか「実用衣料」と位置づけられてしまう可能性のある低価格戦略は、ファッション界において得策と言えなくなってきているように思う。
2006年02月14日(火曜日)
#111.男が待つ場所
男は居場所がほしい。
家庭不和に陥り家に帰りたくない中年男性の話ではない。
女性のショッピングで、男性が退屈しない、言い換えると女性に気を使わせない(ショッピング中連れを待たせるという)配慮が必要ではないかという話。
特に盛況店ではつくづく感じさせられる。例えば渋谷109のセシルマクビー。このショップはこのコラムで何度も登場している。土日の集客度は間違いなく日本一だろう。かつて満員電車の様だと比喩した。
連れの男性がエスカレーター脇の柵にズラーっともたれ掛かっている風景は異様で威圧感さえある。
中には親切にも店内に待合ソファーなどを設置しているショップもあるが、現状は売り場面積確保の為、ほとんど設置されていない。
女性のショッピングの後をついて歩く男性の姿は、まさに金魚の何とやら…。
その点、セレクトショップなどは、ユニセックスのアイテムなども豊富に取り揃えられていたりするので男性にとっては退屈することも少ない。
ちょっと想像してほしい。メンズアパレルショップの前に連れの女性がたむろしている現場に遭遇したことはあるだろうか?
男女の差異は正にこの部分。
連れのショッピングを積極的に楽しめない男性は意外に多い。実際、ショップの前で男性がボーっと突っ立っている光景はよく目にする。
提案として、簡易なソファーでも設置して、男性ファッション誌を置くだけでも、女性側は連れの機嫌を気にせず、男性側も積極的に「ショッピングに付き合うか…」とならないだろうか。
連れを店頭で待たせるショップは、男性を無様にさせていると言えなくもない。
2006年02月07日(火曜日)
#110.健眼者の為に伊達メガネコーナーを作るべき
現状のメガネ屋は健眼者にとって楽しくない場所。
医療ベースのショップ造りは間違っているとは言わないが、健眼者を確実に取りこぼしている。
これは以前にも執筆したが、メガネ屋で店内を散策していると、店員が話しかけてくるが、「目は悪くないんです…」と告げると、スーッと引いていく。
こんな対応、こんなショップ作りでは、健眼者にとってメガネ屋は無縁の場所と考える人も少なくないだろう。
ファッションベースでショップ造りを進めなければならない。
ちょっと考えてほしい。
服飾はどれだけダサい服でも、ファッション性のカケラはある。
言い換えると「デザインの無い服はない」。デザインが無ければ服は作れないわけだから。更に言い換えると「身に着ける全ての物がファッション」。
顔につけるメガネにファッション性が求められないわけが無い。コンタクトレンズが存在する現状では、ファッション性あってのメガネと言っても言い過ぎではない。
が、現状はどうも違う。確かにメガネ自体のデザインの多様性は増えた。何が言いたいかと言うと、ショップ側が何ら変わっていないと言うこと。
最近、「メガネブームが本格派の兆し!?」という興味深い記事を見た。
オリコンによると最近の音楽、エンターテインメント・シーンでメガネをかけたアーティストやお笑い芸人、タレントなどの活躍が多いとの事。
変える所は変えた。他に変える所がないから付け加える。ウィッグ然り、つけまつげ然り、度なしカラーコンタクト然り・・・。中にはもちろん伊達メガネの人もいるだろう。
目の悪い人用のメガネを、伊達メガネ用にする為にレンズを0度にしてもらうと言う発想では実にお粗末で消極的。
今までショップに近づかなかった健眼者を引き込むため、伊達メガネコーナーを造る。これが戦略と言うもの。
時の人、ライブドア広報の乙部さん。
彼女はコンタクトの時とメガネをかけている時とではまるで雰囲気が違う。正直、メガネをかけている時の方が雰囲気が良い。これは同感される方も多いだろう。
価格打破をしたメガネ業界の次期戦略として考えられないだろうか。
2006年01月31日(火曜日)
#109.男性のエステ、成功キーワードは「ついでにやってもらう」
先日、産経新聞で「男だってキレイに!」というタイトルの記事があった。ここ数年、ネールサロンやエステに通い、外見を磨く男性が増えているとの事。
アッパーブランドの男性用スキンケア「シセイドウメン」の売上も前年比で20%増らしい。
外見を磨く男性が増えているといえど、いきなりネールサロンやエステではハードルが高すぎる気がする。
「ついでにやってもらう」というニュアンスがなければ”特定の人が行く所”で終わってしまうだろう。
筆者は理容室でヘアカットしてもらっている。そこは資生堂の直営店で、丁重な髭剃り後に、クリームで顔マッサージ、顔パック(顔の形をした有効成分を染込ませたシートを使用)をしてくれる。初めてその店へ行ったときは、正直驚かされた。「な、何をするんだっ…」と。
本格的な顔マッサージをしてもらったことがなかったので、初エステの第一印象は「こそばい」。
女性の繊細な指先でのマッサージは「気持ち良過ぎる」、これが第二印象。ちなみに家で真似て自分でやってみたが全く気持ちよくなかった。
帰り際、良い香りのクリームの残り香を漂わせ、マッサージによる確実な顔の引き締まりを感じながら、次からここでカットしてもらおうと決心した。それほど”おまけエステ”に感心させられた。
ヘアカットの”ついで”にエステの入り口を提示・体験させる資生堂の戦略は、一人の男にエステの素晴らしさを知らしめた。
男性のエステの入り口は、百貨店も考えられる。
服のコーディネートの相談サービスは既にある。服を販売し、そのコーディネートまで面倒を見るのに、男性コスメを販売しつつ、それを生かすカウンセリングやらのサービスが無いというのは不自然と言えるかもしれない。
百貨店では女性のエステは既に存在している。それだけに、次期戦略として考えられないだろうか。
2006年01月24日(火曜日)
#108.株の格言集は少し参考になるかもしれない
先週はライブドア関連、株関連のニュースが目白押しだったので、今回は株の話を絡めて執筆したい。
没落した拝金主義者を、かつて絶賛していたマスコミや個人が、手の平を返したように総叩きにするのを見て、その横並び主義はさて置き、大多数の人が内心、違和感やら反感を持っていたという事実に正直ホッとさせられた。
拝金主義の台頭は、かつて誰かが言った「お客様は神様です」という思想が発端になっていると考えている。この馬鹿げた思想が、消費者を「金さえ払えば何をしてもよい」という勘違いへ走らせた。
思わず品性下劣なタイトルをつけた氏の著を思い浮かべてしまう。
買収防衛策を多くの企業で練らせたという点で評価は出来るが…。
話は変わるが、今シーズンの大寒波で、コートなどの防寒衣料が大いに売れたらしい。これは実に喜ばしい事だが、株の反発、反落と同じで、今シーズンの急激な売上増は、気は早いが来シーズンの急落を暗示していると考えるべきだろう。消費者が来シーズン防寒衣料を買い控えるという事は容易に想像できる。
今シーズンの寒波は記録的なものだっただけに、これは要注意事項。
これは防寒衣料に限らず言える事。
フリースブームの時もそうだった。ブームの翌年は全く売れなくなってしまった。
投資の真似事をする筆者の視点では、株のトレンドも服飾のトレンドも同じような法則で動いている様に見える。
アパレルビジネスでも使える株の格言集を、ちょっと見繕ってみた。
■「頭と尻尾はくれてやれ」
相場の天井と底は誰にもわからなく、欲をかくと失敗しますよという事。
■「人の行く裏に道あり花の山」
人と同じ事をしていてはダメですよという事。
■「卵はひとつのカゴに盛るな」
落とすと全て割れてしまうので分散投資した方がよいですよという事。
■「知ったらしまい」
言葉どおり、知ったらしまいではなく、その情報を生かしましょうという事。
2006年01月17日(火曜日)
#107.”香り戦略”は対費用効果で非常に優秀
先日ディスカバリーチャンネルを観ていると「ショッピングの科学」と題した非常に興味深い番組をやっていた。その中で「ショップの香りが買い物客にどのような影響を与えるか」というものがあった。
アメリカでは、男性は「ローズマロック」の香り、女性は「バニラ」の香りを好むらしい。
調査は男性が好む「ローズマロック」の香りを紳士服のショップで芳香させるというもの。
以下のような調査結果が出ていた。
@ショップ自体をより肯定的に捉える。A商品をより好意的に評価する。Bショップへ繰り返し訪れる事が多くなる。Cショップの滞在時間が長くなる。D購買金額が増える。
衝撃的。ショップの香りを変えただけでこの結果。
印象付けに香りを用いることは非常に有効であり、臭覚という感覚は他のどの感覚よりもすばやく心理に働きかけるとの事。
古代、人が狩猟や防衛の為、脳の中で香りという情報を最重要視して処理していた名残なのかもしれない。
ここで注意してもらいたいのは男性の「ローズマロック」、女性の「バニラ」はあくまでもアメリカでの話だという事。
フレグランスの分野において、各国好まれる香りはかなり違う。かつて世界のフレグランスランキングなるものを見たことがあるが、かなり好みに差があった。この辺は留意してほしい。
ファッションビル、百貨店を見て回っていると、十数メートルも手前からそのショップの香りだと分かるほど強烈な香りを放つ公害クラスのショップも実在する。フレグランスショップではなく石鹸を扱うショップに多い。ショップの前を通るたび、四六時中その空気を吸っている店員の鼻は大丈夫なのかと心配する。
上述の調査でも分かるように、香りの効果は絶大だけに、状況が好転するも悪化するも紙一重、諸刃の刃。
余談になるが、筆者は百貨店の化粧品売り場の香りが妙に好きだ。化粧品売り場には綺麗な女性がいるという幼い頃からの心理的な刷り込みが影響しているのかもしれない
香りは心理的刷り込みの為の効果的なアイテム。対費用効果が絶大なだけに試さない手はないだろう。
2006年01月10日(火曜日)
#106.人口減少対策は効率化しかない、ブランドの対象年齢の見直し
新成人がまた暴れているらしい。眉毛を極限まで細くした高校球児を見た時のような微笑ましさを感じた。去年30歳成人説を語ったので今年は語らない。新成人は143万人との事。前年より約7万人減。人口減少はひたすら深刻。
服飾ブランドには対象年齢というのがあるが、対象年齢を設けてベルトコンベアー式にある年齢に達したらそのブランドは卒業と言うようなシステムでは、今後の人口減少に確実に置いて行かれるだろう。
ダムのようにせき止めて卒業させないブランド構築が必要になってくる。根本的にマーケティングの手法を変えていかなくてはらなない。
ユニセックスにならって単一世代「ユニジェネレーション」「ユニエイジ」とでも言おうか、世代の差別化を無くすという発想。
「世代に合わせた服を提供する」と言うのではなく、逆の発想で、「年齢で服を変えていくなんて古い」と思わせる積極的なマーケティング戦略を打ち出す。もちろんそれによって異世代ブランド同士の集約やコラボレーションも考え得る。
かつて服飾とは階級の証だった。現在に至るまで、何より多様化が服飾文化を発展させてきた。これは誰も疑わない事実。
これを前提にして、この多様化の大いなる要素「世代間の差別」を無くせというのは実におかしな事を言っているように思えるだろう。が、現状の社会情勢を考えて欲しい。日本の人口は正にターニングポイントを迎えた。丙午やらの特殊な減少を除いて、日本は初めて人口減少を経験した。
人口の総数が減っている状況で、服飾の多様化、細分化を推し進める戦略は非効率でしかないという事は分かって貰えるだろう。
ユニクロの肩を持つわけではないが、ちょっと思い浮かべてほしい。単一ブランドでこれほど対象年齢の守備範囲が広いブランドは他にあるだろうか。
ユニクロのブランド戦略については辛口に述べてきたが、人口減少という局面ではユニクロの戦略が奏功するような気がしてならない。
2006年01月03日(火曜日)
#105.神事、祭事で見直す服飾文化
あけましておめでとうございます。
元日、日中の混雑を嫌い、夜中に友人と初詣へ出向いた。近場の有名な神社、仏閣を廻ったのだが、夜中とは言え元日なのに本堂を開放していない所が多く少々驚かされた。個人的には三箇日くらいは本堂だけでも昼夜を問わず開放すべきだと感じる。実際、有名な所では夜中でも初詣をする人が大勢いる。
最近では神社仏閣の管理者でさえ宗教観、文化観が変わってきているのかと考えてしまいそうになる。
極論になるが、無くても困らない事、そういうものが文化であり美徳でもある。服飾文化も然り。
故に大義名分がどうであれ簡素化と言うものは文化を削り取っていると言えなくも無い。簡素化を効率化のはけ口にしてはならない。
効率化イコール簡素化と言う安直な考え方は正にアメリカンチック。文化を削り得る簡素化は最終手段であるべき。
上記の事項に限らず商業主義に走る神社を見ているとふと思う事。
最近感心させられた事があった。ユニクロのエアテックジャケット。
冬場、上着などをフルにジップアップした時、ジッパーの金属部がアゴや首にあたり冷たく感じる。
このジャケットはジッパーの端が三角形の小袋状に縫製されていて直接身体に触れないように工夫されている。細かい事であっても消費者は確実に気付くし恩恵を感じる。
安価でありながらも出しゃばらない日本的な気遣いに感心させられた。このジッパーの加工が日本発祥の物かどうかは分からないが、こういう類の工夫は日本文化に多い。
神事、祭事毎に日本の文化の存在意義を改めて考える事は、服飾文化の発展にもつながるのではないだろうか。
本サイト及びコラムは2年目を迎えることが出来ました。
斬新な視点での情報提供を心掛けると共に、自らもこのコラムを通じて今後も成長できればと考えております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2005年12月27日(火曜日)
#104.ネットでリアリティショッピング、ストリーミング技術の可能性
現状のネットショッピングは正直愉しくない。ネットショッピングのエンターテインメント性(以下エンタ性)の欠如については以前執筆した。
ネットストリーミングはエンタ性に欠けているネットショッピングに一筋の光を与える。
ネットストリーミングの「パソコンテレビGyaO」は今年大いに飛躍した。利用者が急増しているとの事。実際筆者も映画とドラマを観ている。
パソコンテレビGyaO:http://www.gyao.jp/
フ〜ンで聞き流さないで欲しい。もしイメージ業界でもあるアパレル業界に身を置かれているのなら、こういうマルチメディア関係のニュースには敏感になって欲しい。
例えば、1週間に1回程度、ショップでディスプレーされている商品を価格を見える状態にして満遍なく録画し、ネットストリーミングとして配信する。
売場の臨場感を愉しめるという点、絶対的な情報量の多さと言う点で静止画を遥かに凌駕する。売場に出向いてでのショッピングに限りなく近づくだろう。
服は欲しいけれど、「忙しくてショップへ行けない」、「遠い」、「売場へはどうも・・・」等々、ショップへ出向けない又は出向きたくない理由は多岐にわたるが、現状のネットショップを見ていると、これらの潜在需要があるにもかかわらず、リアリティ性、エンタ性の欠如から、かなり取りこぼしているのではないかと予測する。
ネットストリーミングは配信側の技術、受信側の環境などクリアしなければならない課題はまだまだあるが、ウェブサイトやネットショップ対策として、今から構想を練っていても早いと言う事は決して無い。
こういう大きな流れを見ているといつも思う。ネット技術の過渡期を見守れる、そういう時代に生きている自分が如何に幸運であるのかを。
今年も一年、本コラムを読んでいただき有難うございました。良い年末年始をお過ごし下さい。
2005年12月20日(火曜日)
#103.イメージ商売でありながら店員を重要視しないアパレル業界
先日とある百貨店へコートを買いに行った。ショップを見てまわり、数々の店員と話をしていると、絶対に出くわす。勘違い系と言おうか、浮世離れした店員に。今回もキッチリ出くわした。
イメージ業界を意識してか立ち居振舞いから話し方まで全てにおいて「ツン」とした感じ。何か笑ってしまうが、何となく分かってもらえるだろうか。
勘違い系の人々はどの業界にも存在するが、アパレル業界に至っては際立って存在しているような気がする。
接客調査なる抜打ち調査をして店員の接客態度を監視している所もあるらしい。リアルに上述のような店員に出くわすと、接客調査の必要性を感じずにいられない。
話は少し飛躍する。店員の雇用形態について。
日本の雇用形態の変化、非正社員化は未だ続いているが、マクロ的に考えるとやはり得策ではない。詳細はこのコラムの趣旨に沿っていないので述べないが、結局の所、限られたパイの奪い合いでしかないと考えている。
ネット上で面白い表現をしていた人が居た。派遣という制度について、「椅子取りゲームで、椅子とり代理人が増えただけで、雇用問題の根本的解決になっていない」と。
物凄く的を得た表現でつくづく感心させられた。
アパレルに限らず接客という分野において、非正社員の増加と共に質の低下を感じる。同感される方も多い事だろう。
このファッションビル研究所のサイト趣旨は、かねてから幾度も述べている。三位一体での連携が大切であると。
街あっての商業施設。商業施設あってのショップ。店員を含めたショップあっての商品。
街、商業施設、ショップまで必死で構築して来て、店員でぶち壊すなど言語道断。
そういう意味で、ショップにおいて最前線で消費者と向かい合う店員は、本部より重要視されるべきかも知れない。
2005年12月13日(火曜日)
#102.ジーンズ、素材レベルで季節感を与える事は出来ないか
筆者はジーンズ愛好家。この時期ジーンズを穿く時は心構えが必要。
「よし、穿くぞ」と。
ヒタっと平面的に接するから、冷感倍増、保温性ゼロ。
かつて保温性を持たせたジーンズの存在を聞いたことがあるがまだまだ一般的ではない。フェイク(スクラッチやらのキズ加工の事)が当たり前のジーンズ素材において、この様な保温性に富むジーンズが存在しないのは実に不自然。
素材レベルで季節感を出す。
寒いからジーンズから暖かいボトムスに穿き換えさせる。こういう発想では月並み。
寒い季節でも無理してジーンズを穿きたい人の為に、改めて快適なジーンズを作ろうという、素材レベルで解決しようという発想がアパレル業界が本来持つべき発想だろう。
ファッション性と快適性を何の抵抗も無く天秤にかけてしまうのなら旧人類であると自覚してほしい。
これは車業界でも同じことが言える。バブル崩壊後、スポーツカーが途端に売れなくなった。早ければそれでよしとする古いコンセプトの車はどんどん姿を消していった。
身体を守る衣服であれ、移動を簡単にする車であれ、原点は人間をいかに快適にさせるか。この部分は変わらない。
この部分を無視した商品は最新のものでも古臭さを感じる。そういう点でジーンズ業界の冬の快適素材の投入は遅い気がしてならない。これは毎年冬になると感じる。
筆者の即席案。
ジーンズの裏をハードタッチでスクラッチ加工を施し、軽く毛羽立たせてはどうだろうか。ちょっと無理があるか・・・
2005年12月06日(火曜日)
#101.「金があるから買う」から「買いたいから買う」へ、購買者の意識変化
「20万円以上」の男性用高級時計が売れているらしい。
産経新聞によると景気回復傾向が反映された結果と分析している。セイコーウオッチによると、国内の腕時計の市場規模は年間約5400億円で横ばい状態が続いているが、内訳を見てみると「5万円以下の時計がシェアを下げる一方、20万円以上の高級時計が伸びている」との事。
携帯電話の普及により、ビジネスの場でない限り、時刻を見るという腕時計本来の使われ方による”実用性の腕時計”はもはや必要ない状況。
以前筆者自身でもプライベートでは腕時計を外すようになったとこのコラムで語った。
それでもあえてさす男性の腕時計は、もはや女性におけるファッションリングに近いものと言えないだろうか。実質両者の根本的な違いは実用性の有無のみ。
話は飛躍するが、「松」、「竹」、「梅」の選択肢があれば殆どの日本人は「竹」を選ぶという。平均主義、右へならえ主義がよく出ているが、こういう日本人の資質の観点で見てみても、高級品が売れるという現象は、従来とは何かが違う。新聞社の言う景気回復要因説に賛同せざるを得ない。
が、なぜ高級「腕時計」なのかという観点も見失ってはならない。
筆者は今回の現象を、バブル期の”乱買”とは一線を画していると見ている。
「金があるから買う」のではなく「買いたいから買う」という明確な購買意識がそこにあると分析している。
それは趣味性比率の高い高級腕時計から売れているという傾向から読み取れる。
以前「#017.携帯時代における腕時計の存在意義」で「時計をアクセサリーと捉える女性、機能として捉える男性」という副題で執筆したが、男性が時計をアクセサリーの一つとして認識する人が増加したという分析も考えられないだろうか。
いずれにせよ趣味性の高い商品を扱う業者は、これらの傾向を今後注意して見守るべきで、大いに意識すべきだろう。
2005年11月29日(火曜日)
#100.アパレルビジネストレンド100号を迎えて
アパレルビジネストレンドは100号を迎えることが出来ました。ファッションビル研究所のウェブサイト開設と同時に執筆を開始し、間もなく2年になろうとしていますが、つくづく感じてきた事があります。
それは、街、ファッションビル、ショップの集客対策は、ウェブサイトのSEO対策と本質は同じという事です。
SEO対策とはウェブサイトの集客対策の一つであり、具体的にはウェブサイトをプログラミングレベルで検索エンジンに対し最適化をはかり、「如何に検索者の思惑通りに自サイトへたどり着いて貰うか」という非常に奥の深い分野です。
本サイトも幾度となくこれらの対策を施し沢山のコラムファンを獲得し、同時に励まされてまいりました。
結局、ウェブサイトなら検索者の立場、ショップなら消費者の立場に立つ事が何よりも重要で、集客という要素に限って言えば本質は同じである事を悟りました。
ファッションビルやショップの運営と、小生のウェブサイト運営を同列に語るのは誠におこがましい限りですが、それが私の結論です。
季節は、これからクリスマスや年末年始と、街レベルからショップレベルまで華やぎをみせますが、それらから新しい発見やアイデアを貰いつつ、今後も私の考えを発信する事が出来れば幸いと存じます。
これからもアパレルビジネストレンドをよろしくお願い致します。
2005年11月22日(火曜日)
#099.ファッション界の若年信仰は10年後、20年後生き残れるか?
先日、新聞のトップページに「阪大が数値化、加齢と共に幸せは減退する」という記事があった。
男性よりも女性、高齢層よりも若年層の方が幸せを感じていて、所得の高さと幸せは必ずしも比例しないとの事。年齢別では三十代が幸福度が最も高い。次に二十代。四十代以降は加齢とともに不幸になり、六十代では最低らしい。更に「アメリカやイギリス、ドイツでは三十歳代で幸福度が最低で加齢とともに幸福度が増しており、若者に甘く高齢者に厳しい日本社会の傾向を表したともいえる」と分析、くくっている。大阪大学社会経済学研究所が全国の六千人を対象に行ったアンケート結果。
この調査結果を見て、若い事に対して必要以上に価値を置いている日本社会の現状に少々驚いた。
この傾向は女性の方がより強いというのは容易に想像できる。
察するに、若さに対する価値を極度に置いているが故、若い頃は必要以上に幸福感があり、その反動で相対的に年齢が増すほど、必要以上に自分が不幸であるかのように感じてしまっているのではないだろうか。
殆どの人は、相対的な尺度で幸、不幸度をはかる傾向があるが、この調査は特にその面を浮き彫りにしているような気がする。
結局、「決め付け」が起因しているのではないだろうか。
「もういい歳だから〜」「結婚したから〜」・・・と、自分自身でボーダーを築きあげてしまっている。
要するに、自分の中で勝手にボーダーを作って勝手に不幸になっている。
数年前のジェンダーフリー論争はともかく、アパレルのユニセックス化、聖域なき価格打破(メガネ業界)など、とにかくあらゆる敷居がどんどん取り払われてきている中、人間にとって避けようのない加齢が何となく不必要に差別化されている現状が上記の調査結果に反映されているのではないだろうか。
日本におけるコギャルなど極端なファッションを見ていると、本来誇示する必要のない若さを、改めて誇示しているファッションとも取れなくない。
要するに、若い事を必要以上に重要視しているファッション界がそうさせているのではないかと考えている。
晩婚化、少子高齢化傾向にある時流において、今まで続いてきたファッション界の若年信仰は今後得策になり得ないだろう。
例えば現状のファッションビルに変化が無かったとして10年後、20年後を見据えてみると、かなりさみしい状況になっているのではないだろうか。
2005年11月15日(火曜日)
#098.理解できないTシャツ観、晩秋なのにTシャツショップに人だかり
日曜の昼下がり、最近オープンしたNU chayamachi(梅田)に出向いた。
季節にそぐわないショップに人だかり。オリジナルTシャツを常時100種類以上揃えるgraphic(グラニフ)。
この怪奇現象は人の熱気で暑く感じた。
ウェブサイトで調べてみると価格は全て2100円(税込)。
季節にそぐわないと書いたが、よくよく考えてみると、さすがに柄物Tシャツをワイシャツの下に着ることは無いが普段着ていることは着ている。寝間着の下にも着ている。
しかしこのグラニフのTシャツは見せる為のTシャツであり、レイヤーで着こなすのか・・・など色々想像してみたが、やはり季節にそぐわないという筆者の認識は間違っているとはいえないだろう。
晩秋にTシャツショップに人だかりが出来るという奇妙な現象を目の当たりにし、その要因がスッと浮かばないだけに、低価格かつ統一価格、絶対的な多種性が奏効しているという安易な結論に落ち着かざるを得ない。Tシャツ自体がカジュアルファッションの基本アイテムであるというのももちろん後押ししているだろう。
目を疑うような値札が下げられているブランドTシャツはさんざん見てきた。メガネ業界やスーツ業界のスリープライスショップがそうであるように、明瞭な価格提示がそこにあるというだけでも好感が持てる。グラニフの価格統一戦略はそういう消費者心理をついた良い戦略。
Tシャツは全て畳みでディスプレーされていた。ブランドチックに売るという戦略が垣間見れるが、これに関してはレディスインナーの事例で執筆した事があるが、ハンガー掛けにしたとたん売上げが伸びたという事例があるだけに、何割かはハンガー掛けがあっても良いような気がする。
キレイに畳まれている服を、全体を見るためにバサッと広げるのは心苦しい。そう思うのは筆者だけではないだろう。
2005年11月08日(火曜日)
#097.屋上も売場面積に入れてしまおうというプラス発想が必要、そごう心斎橋
屋上をオマケと捉えるのではなく、他の百貨店にない名所を作り上げシャワー効果を生かそうとする発想が大事。これほど特長的なフロアは他に無いのだから。
そごう心斎橋の屋上には、そういうプラス発想を感じることが出来なかった。
実に醜い金網。網は太く升目の小さいもので、差し詰め動物園の檻、狭さゆえ鳥かご状態。金網が太く風景が見づらいだけにそれ以下と言ってもいいだろう。費用やらの諸問題はあるだろうが、ここは是非強化ガラスにしてもらいたかった。
心斎橋は大阪の中心部で、屋上からのバーチカルな基調の風景は観ていて飽きない。それだけに金網が一層醜く映える。
ベンチが随所に設置されているが、植木で怪我をしそうなレイアウト。
屋上が午後6時に閉鎖されるというのも実に不可解。ちなみに営業時間は午前10時〜午後8時30分(レストラン街は午前11時〜午後10時)。
天然のエンターテインメントをなぜ利用しないのか。
夏の夜はビアガーデン。冬は冬で、例えば寒さゆえ澄み切った夜空を観察させるイベント、というか常設の広場があってもいいだろう。足元だけ照明を照らして、ひたすらデッキチェアを設置するというのも考えられる。
普段夜空を見上げる事は少ないが、冬場たまに自宅のベランダに寝転がって星空を見上げる事がある。「こんなに星が見えるんだ」と素直に驚き感動させられる。登山のような苦労をしなくても、宇宙旅行をしなくても、広大な夜空に光る星々を見ているだけで、自分の人間的な小ささを再確認し、気が楽になったりもする。
世知辛い世の中で、疲れたサラリーマンなどにちょっと横になってもらって夜空を見上げてもらおうなんていうのは粋な計らいではないだろうか。
オープンしたてで、外から見えない部分でも問題が出てきているだろう。再出発を遂げたそごうには、ならではの名物、もてなしをプラス発想で仕立て上げる企画をどんどん出して、オープンしたての初々しさ、フレッシュさ持続してもらいたい。
2005年11月01日(火曜日)
#096.そごう心斎橋は11階がメインフロア、偶然の発見を愉しめるフロア
再オープンからしばらく経ったそごう心斎橋本店を視察した。
「エンターテインメント性重視」がどういう形で表現されているのか楽しみにしながら入店すると、エスカレーター横で女性がピアノを演奏していた。エンターテインメント性を目指した一環なのだろうが、広場や待ち合わせ場所のような所で演奏しているわけではなく、人が流れる所で演奏をしている。もちろん人だかりも殆ど出来ていない。演奏終了と同時に関係者と思われるスーツ姿の男性の、周囲の人達に拍手を誘っているかの様な拍手が痛々しく感じた。
せっかくの吹き抜けが生かしきれていない。吹き抜け部分にちょっとした休憩所、広場を設けてそこで静かに演奏すればどれだけ雰囲気が良くなるか。どことなく音が聞こえてくるという感じ。価値の高め方が分かっていないような気がする。
そごうは11階・12階のフロアを「こだわり趣味の街」と銘打って、特に11階では呉服店、創作趣味の店、こだわり趣味の店、和雑貨の店を出店している。このフロアだけ全体的に照明も暗く、通路も狭く設計されている。和を基調にしたフロアで、屋根瓦も通路に顔を出して町屋の軒先を思わせる落ち着いた雰囲気を醸し出している。
筆者は薄暗く狭い通路を持つフロア構成に対して軒並み好印象を持つ。ギャレ大阪も好感を持つフロアの一つ。通路は直線基調でなく渓流のように複雑なら尚良い。
通路の狭さ、複雑さは物理的に歩くスピードを遅くし、その狭さゆえ結局両端のショップを同時に見て歩く事になり、立ち止まる機会が多くなるからだ。ここに筆者の言う「偶然の発見を愉しめる」がある。
ちょっと想像してほしい。通路が広くひたすら直線だとスーッと通り過ぎてしまわないだろうか?
照明の薄暗さが雑踏空間の中で探検気分を更に盛り上げている事は言うまでも無い。
この探検気分というのもエンターテインメントの一つと言っていいだろう。筆者が、そごう心斎橋11階フロアを「偶然の発見を愉しめるフロア」と表現している理由はここにある。
2005年10月25日(火曜日)
#095.インナーの好みは本性がダイレクトに現れる、精神的個性化の遅れ
ワコールが、世界12都市の20代から40代の女性約1700人を対象に「好きな下着の色」のアンケートを実施した。半分の6都市で黒が1位になったらしい。
対照的に日本では1位がベージュ(55%)、2位は白(48%)、3位ピンク(42%)、4位黒(39%)という結果。
黒は好まないらしい。
下着における黒のカラーイメージは一般的に積極的、攻撃的なイメージで固まっているが、筆者は凛とした”精悍”というイメージがあって好きだ。
個人的趣味はともかく、このアンケート結果は実に興味深い。
社会情勢とカラーについてはよく相関関係を語られるが、インナーにおいては普段人に見せない部分で、積極的に見せる特別な日で無い限り、本性がダイレクトに反映される部分であると考えている。
それだけに日本でベージュが1位というのは、ちょっと精神的にオバサンしているような気がする。余りに無難で横並び。話は飛躍するが氾濫するヴィトンのモノグラムに通じる物を感じた。インナーだけに精神的なものまで横並びではないかと心配してしまう。
逆に考えると下着一つで積極的にもなれると言える。実際、赤い下着は体の表面温度を高めるらしい。ちょっと信じ難い話だが精神的なものがそうさせるとの事。かつてテレビ番組で観たことがある。
ワコールのウェブサイトをのぞいてみると、1位がベージュという調査結果を悲観してか、カラフルな下着が目立つ。
実際ファッションビルのインナーショップをのぞいてみても店頭にベージュが飾られている事は少ない。
アパレル関係者は、1位のベージュに続き、2位の白、3位のピンクという調査結果を見て、日本女性の精神的個性化の遅れを絶望視すると共に、開拓のチャンスでもある事を改めて認識すべきだろう。
2005年10月18日(火曜日)
#094.2011年「百貨店なら梅田」が完結へ、三越の梅田出店
三越は先週、建設中のJR大阪駅新北ビル内に新店を出店すると正式発表した。2011年春にオープン予定との事。
2011年は梅田の百貨店にとって記念すべき年とも言える。今回の三越のほか阪急、大丸がそれぞれ大規模な建て替え、増床が完了する年だからだ。
三越の梅田地区参入を他の百貨店が競合とみなしそれを危惧しているのなら実にネガティブシンキング。
「金持ち喧嘩せず」。この言葉の真意は金持ちの引き出しの多さに由来している。実に稚拙な言い回しで申し訳ないが、引き出しが多い百貨店に是非贈りたい言葉。特に百貨店におけるサービスという引き出しは多い。百貨店のサービスの多種多様さが各百貨店に個性、オリジナリティを与え、ひいては競合を無くす。
これも、以前から筆者が唱えている平場の充実化が前提になる。
平場あっての百貨店独自サービスだからだ。
儲からなければ即撤退という現状の小売の悪習に嫌気をさしているのは筆者だけではないだろう。特に家電量販店。サービスを声高にアピールしているが、店舗自体が入れ替わってしまうのだからサービスなど無いに等しい。
こういう小売の現状において、百貨店の担う本物のサービスの提供、その存在意義は大きい。
サービスはもちろんの事、扱う商品が高級であればあるほど、趣味性が増し、競合相手になりにくいというのも百貨店にとっての強みであり、「金持ち喧嘩せず」の一側面とも言えるだろう。
三越の梅田出店の意義は、心配される競合より相乗効果の方が甚だしい。
「百貨店なら梅田」という構図が完成に近づくからだ。
これら百貨店は全て梅田地下街でつながっている。梅田の地下街は日本最大。複雑でもあり、筆者は未だに、ある地点からある地点への移動で最短ルートが即座に出てこない。複雑怪奇ゆえ探検気分、偶然の愉しみというのもある。
上記の百貨店はもちろん、ヘップ、イーマ、ハービスエントの主要ファッションビル、ディアモール、ギャレなどのモールも全て地下街で通じている。
筆者のような商業施設を研究する者にとっても最高のフィールドでもある。
大阪人としても今回の三越の発表は特に嬉しい出来事。
2005年10月11日(火曜日)
#093.ブランド戦略はイメージ戦略、イメージ戦略はロゴ戦略
先日、ダイエーはロゴマークを年内に変更すると発表した。大いにやるべきだろう。三洋電機も業績不振に喘いでいる。「SANYO」のロゴマークから受ける筆者の直感的なイメージは、悪い意味での「軽いデザイン」だ。
先週末、ユニクロは旗艦店となる銀座店をオープンした。銀座に出店した意図を「グローバルブランドになる第一歩」と柳井会長は語っていた。
かつて「ユニクロは、低価格をやめます。」という大きな新聞広告を出した。価格を上げるというのではなく、品質向上により”安物”というイメージを払拭したいと明言していた。今回の銀座出店でも分かるとおり、その路線を更に推し進めたいのだろう。
ウェブサイト、ユニクロ銀座店のページを覗いてみると、銀座という立地でありながら、「ユニクロプラス」という文字が一切出てこない。ユニクロのメインページを覗いても「ユニクロプラス」の文字は確認できなかった。
安物イメージを脱するという大胆なブランド戦略において「ユニクロ”プラス”」などというロゴの踏襲では全く意味を成さない事が分かる良い事例だろう。
かつてのコラム「ユニクロは無印良品より日本におけるGAPのブランド戦略を見習うべき」(2005/05/31)で、海外でブランドを洗うという手法、レクサスに学べと執筆した。
トヨタは国内で強烈なイメージで固まっている。海外でレクサスブランドを展開せずに、いきなり国内でレクサスブランドを展開していたら成功していただろうか。
ユニクロのイメージも国内では余りに強烈過ぎる。その強烈なイメージゆえ大躍進してきた。
海外に新天地を見出し、同時にその機会を生かし別ブランドを立ち上げる。こういう手法は正にユニクロの訴えるグローバルプランに合致していないだろうか。
海外プランはともかく、ユニクロをイメージできないロゴデザイン、ネーミングによる新たなブランドを立ち上げない限り、ユニクロのブランド戦略は結局遠回りを強いられるだろう。
2005年10月04日(火曜日)
#092.ネットショップ戦略は実店舗とのリンク、エンタ性の補完が重要課題
先日、ビームスが自社サイト以外で初の公式オンラインショップをオープンしたとのニュースがあった。こういう流れは今後加速していくだろう。
ネットショップはディテールの見せ方と、エンターテインメント性(以下エンタ性)をどう補完するかが問題。
現状のネットショップはエンタ性が絶対的に欠落している。要するに愉しくない。
前回はアパレルショップにおけるエンタ性の重要性を指摘した。
筆者もネットショップは結構利用してきた。振り返ってみるとエンタ性の無い実用品ばかり購入してきた。例えば部屋着など。結局、実際のディテールや質感を画面上から感じとる事ができないという点、ネット購入では愉しめないという点がネットショップの利用に影を落としている。
こういうネットショップ特有の問題を見ていると、アパレルにおけるネットショップの将来性を悲観視せざるを得ないが、ヤフーが実施した「インターネットを通じた買い物について」という調査によると、ファッション関連商品を中心に女性の利用が増加傾向にあるとの事。正直ちょっと驚いた。
予想するに、ネットショップでファッション関連商品を購入する人の殆どは、あらかじめ実物を実店舗において試着、品定めしていて、後日ネット購入すると言うパターンが多いのではないかと考えている。
こういうネットショップの使われ方を想定すると、ネットショップを独立させるのではなく、実店舗とネットショップを完全にリンクさせる戦略が正攻法として浮かび上がる。
ユニクロは既にネットショップと実店舗をリンクさせている。驚く事に新聞広告ともリンクさせている。
筆者はかつて「点在する要求を結びつけるのがWEBサイトの役目」と執筆し、現状のブランドアピールに重きを置くアパレルサイトを批判した。筆者が言いたかったのは正に今回の「ネットショップの実店舗とのリンク」。
画面でしか訴える事が出来ない現状のネットショップの環境、エンタ性の欠落という問題から、アパレルにおけるネットショップは独立させるのではなく、実店舗の補佐役として機能させておくべきではないかと考える。
2005年09月27日(火曜日)
#091.服探しはエンターテインメントでならなければならない
エンターテインメントの存在意義は非日常性を提供する事。
極端に明るい、極端に暗い。極端に開放感がある、極端に閉塞感がある。極端にBGMがうるさい・・・。
集客調査をしていて極端な集客を誇るショップは、いずれもこの様な特徴を持ち合わせている事が多い。要するにエンターテインメントである非日常性がそこにある。
最近の映画、「チャーリーとチョコレート工場」では上映中チョコレートの香りを場内に芳香させるという演出も話題になった。香りという要素も考えられる。それを意識したショップは既にある。映画館自体も非日常を愉しむエンターテインメント空間。”いつもと違う”がポイント。
自宅に映画館並の設備を整えて映画を観る事が出来たとしても、一部の人たちを除いて、まず面白くないだろう。自宅に映画館を造ると、結局それは日常化してしまうだろうから。
上述の極端な演出であっても、長期にわたって変化が無ければ、そのショップに通う人達にとって日常化してしまう。
それを解消する手法はやはりレイアウト変更になるのだが、それさえ怠っているショップは結構多い。というか、これらの事「服探しはエンターテインメントである」という事自体を理解していないと言うべきだろう。
上述の照明の事について。
心斎橋筋商店街の照明を1.5倍の明るさにするというニュースが最近報じられた。そごう心斎橋本店オープンを意識してとの事。
照明が人に与える影響は結構ある。例えばコンビニの照明。コンビニの照明は通常店舗の倍以上の照明器具が使われている。あまりに強烈な照明ゆえ、夜間出入りする人の体内時計を狂わせるという話を聞いた事がある。これはコンビニ特有の夜間営業で、客に安心して入店させるというのがねらい。
こういう傾向、街自体がショップなどで積極的に取り入れられている手法を用い成熟する傾向を見ていると、結局「街はショップの拡大版」であり、「ショップは街の縮小版」である事を改めて感じる。
2005年09月20日(火曜日)
#090.ウォームビズ、アパレル界の役目は季節感の無い物に季節感を与える事
第一生命経済研究所は環境省が省エネのために打ち出した「ウォームビズ」について、約2323億円の経済効果があるとの試算をまとめた。ニット製品や保温性の高い下着などを新たにそろえることで、男性が1人当たり約2万6000円、女性が2万3000円出費する事を前提に試算したとの事。
無茶な試算に笑ってしまった。「ウォームビズ」対策のために1人当たり改めて2万6000円分の衣料を買い足すと言うのか。あり得ない。
こういう話になると必ず経済効果云々と言うのが出て来る。経済効果を語るのはおかしい。暖房を強めれば電力を消費し実質的に経済効果は上がるのだから。かといって経済効果ではなく環境云々を言い出すと更に質が悪い。発電のための化石燃料を減らす代わりに、化繊を多く占める衣料を改めて買うわけだから。暖かさを増す機能性素材に化繊は不可欠。
一枚多く羽織らせるというのはお役人の発想。
季節感の無いアイテムに季節感を与え、ワードローブを入れ替えさせるというのがアパレル界本来のスマートな発想ではないだろうか。
信用ならない経済効果、環境云々を語るお役所を横目に、アパレル界からは冬用ビジネスウェアの提案を発信すべきだろう。
筆者が特に言いたいのはワイシャツ。上着と違ってワイシャツに関しては殆ど季節感が無い。機能性の違いによって夏用シャツ、冬用シャツを区別させる。これだけでワードローブの入れ替え効果が期待できる。
「ウォームビズ」の無理やりな理由付けに対して批判的に書いたものの、こういう傾向はアパレル業界にとって追い風になる事は確か。
オフィスだけではなく、ファッションビル、百貨店などの商業施設でも、夏場の冷房はともかく、冬場の暖房は極力控えてほしいというのが一消費者である筆者の思い。
暑さで脱いだ上着を持ってのショッピングは正直疲れる。
2005年09月13日(火曜日)
#089.百貨店という業態こそセレクトショップに向いている
先々週このコラムで「百貨店の正常進化の最終形は”高級セレクトショップ”である」と書いた。その続きを記す。
筆者は百貨店のセレクトショップ化が百貨店自身のブランドを守り、如いては他の百貨店との競合防止にもつながり、ファッションビルとの差別化も図れるとみている。
インショップとして迎え入れるのではない。百貨店自体がセレクトショップ化するという事。要するに総平場化。
現状の専門店街化された百貨店は、いわばユニットで構成されたプレハブ建築に近い。ユニットで構成された物には個性が無い。
差別化を見出せない業界は衰退するしかない。例えば家電量販店。もはや潰し合いにしか見えない。説明する必要も無いだろう。
セレクトショップはブランド又はノーブランドアイテムをショップのブランド(信用)として展開する業態。
ファッションビルにおけるセレクトショップ台頭の危険性はかつてこのコラムで指摘した。セレクトショップ業態特有の「ブランドには拘りたくないが、確かな物が欲しい」と言う客層の競合と、「ブランドには拘りたくない」がゆえセレクトショップ間で客が流動してしまう危険性を孕んでからいるからだ。
単なる客の流動を相乗効果とは言わない。筆者がセレクトショップという業態が個別店舗、路面店に向いていると言う理由はここにある。
セレクトショップが百貨店の本来目指すべき「自らのブランドを掲げてセレクトした商品を提供する」という大義を有している点、セレクトショップが上述したように個別店舗に向いているという点、セレクトショップ化によって百貨店自身のブランド保護につながるという点、これらの理由により筆者は「百貨店の正常進化の最終形は”高級セレクトショップ”である」と考えている。
2005年09月06日(火曜日)
#088.ショップ構築の要は店員という事実
「今一番投資したい国は?」という、外国人投資家へのアンケート調査で日本が1位に挙がった。季節は秋だが、景気の春を感じさせる。
内閣府の「小売店舗等に関する世論調査」によると、買い物をする店を選ぶポイントは「品質・ブランド」より「価格」へシフトしているとの事。
平成9年、8年前の調査では「品質・ブランド」がトップに挙げられていたが、今回の調査では3位。今更驚く事ではないし、狼狽してはいけない。
消費者心理が実際の景気からゆっくり遅れてついてくる事は当然の事で、不景気で打ちのめされた大多数は、しばらくの間貯蓄へ向かうだろう。
上記の調査は世代別にも集計していて、質に重きを置く傾向は年齢の上昇に比例しているらしい。
世代つながりだが、ファッションビルの集客調査をしていて気になるのが、30歳以上と思われる男性の姿が女性のそれに比べて極端に少ない事。私事だが筆者は31歳。
30過ぎから急にファッションへ興味を失う男性は多い。家族を持ちファッション自体に興味が失せる、又は費用を掛ける事が出来ないからという意見もあるだろう。
が、どうも違うように思える。筆者の主観ではショップ自体行きたくないと言うのが本音ではないかと見ている。
悪い意味で対応の軽い店員は多い。特にファッションビルでは。中には社会人としてはどうかと思わせる者もいる。
好きなブランドでも店員がダメなら行く気も失せる。かつてこのコラムで30歳成人説を唱えた。店員の質が気になり始めたのも30代突入後。オトナにはオトナの対応が必要である事を痛感させられると共に、ショップの良し悪しは結局店員なのかと、ファッションビルを研究する立場として思ってはならない事だが思わずにはいられない事もしばしば遭遇するようになった。
苦労してショップを構築しても悪質な店員が全てを台無しにする。これは客の立場で始めてわかる事実。
2005年08月30日(火曜日)
#087.百貨店の正常進化の最終形は”高級セレクトショップ”である
[百貨店の専門店街化は確実に間違っている]
近頃”ファッションビル研究所”と謳いながら百貨店の事ばかり取り上げて申し訳ないと思いつつ、そごう心斎橋本店再オープンを前に余りに言いたい事があるので今回も取り上げる。
百貨店の専門店街化はどう考えても売場レイアウトに無理がある。
ある百貨店のブランドショップへバッグを見に行った時の事。探していたバッグがなかったので店員に聞くと、平場のバッグ売場にあるかもしれないとの事。追って「平場との商品のバッティングは極力避けている」という話も聞いた。
百貨店業界特有の問題でその時は”ま、当然か”と気にも留めなかった。
が、よくよく考えてみると他の百貨店で”得”した事を思い出した。そこはブランドショップの隣が、平場の紳士小物売場というシチュエーション。キーホルダーを探していた。ブランドショップで4000円で販売されている物が数メートル離れた平場では3000円で売っている。何度も往復して同じ物かを確かめた。完全に同一商品。
百貨店だけにショッキングな出来事で、以来百貨店では両方の売場を確かめる癖がついてしまった。
上述の店員の話”お互いバッティングしない品揃え”は、自由競争の欠落を招いている。
反対に、品揃えに制限を加えずに自由競争させると、今度は筆者が体験した”二重価格”という百貨店としては避けたい事態に陥る。
百貨店の専門店街化の無理がここにある。
9月7日再オープンを控えているそごう心斎橋本店の新聞記事にも「百貨店+専門店」と強調されていた。それだけに再びこのコラムでどうしても指摘したかった。
筆者の考える百貨店の正常進化の方向性は、今回のタイトルにもあるように「高級セレクトショップ化」にあるとみている。
長くなるので、この事に関しては次回以降に執筆したい。
2005年08月23日(火曜日)
#086.ビジネス街のブランドショップ進出は案外容易
銀座は銀座の良さ、丸ノ内は丸ノ内の良さがある。が、街全体を見回したとき圧倒的に丸ノ内の方が品がある。ブランドショップは銀座の方が遥かに多い。差異は看板の数。
看板に関してはかつてこのコラムで執筆した。街の成熟には看板規制は不可欠。品のない看板は街全体の品位を損なうし、悪循環も生み出す。品のない看板は落書きに近い。ニューヨークの治安改善は落書き消しから始まった。「ブロークン・ウィンドウ理論」は余りに有名。この理論は結構どこにでも当てはまる。自分の部屋レベルでも。ホコリや雑誌を放置しておくと途端に汚くなっていく。”看板ごとき”という認識で放置しておくと取り返しがつかなくなる。
驚く事に”サイバーシティー”みたいで逆に良いという外国人観光客もいる。ヘンな日本語をあしらったTシャツを着る外国人に通ずるものがあり笑ってしまう。
現時点で丸の内のブランドショップ進出は成功したといえる。上述の様に看板の少なさが、ビジネス街とブランドショップの融合を容易にした。
こういう先例に倣って、今後、ビルの路面フロアを行政レベルで規制していく動きは更に加速してゆくだろう。
御堂筋は既にその流れを踏襲している。心斎橋付近の路面フロアはどんどんブランドショップに代わって街自体の品位が途端に上がった。
大阪の本町は遊び行ってはならないような雰囲気がある。排他感を出すような街は、街として魅力がない。本町は御堂筋線という大動脈かつキタとミナミの中間に位置し、看板の少ないビジネス街。ブランドショップ進出の失敗要因を見つけるほうが難しいような気がする。
ビジネス街におけるOLの存在が丸の内の成功を導いた事も忘れてはならないだろう。
2005年08月16日(火曜日)
#085.浴衣文化復活のための布石、その方法
ある調査によると、20〜30代のサラリーマンの殆どは、軽装で仕事先を訪問する事に抵抗を感じているものの、来客のノーネクタイは気にならないとの事。
実に面白い。自己主張の弱い日本人らしい調査結果。これが自己主張の強いアメリカ人だとすると真逆の結果になっているのだろうか・・・。
クールビズ推進派、クールビズ実践派にとって、この調査結果は実に喜ばしいだろう。
話はちょっと変わるが、大阪高島屋によると、女性用浴衣の売上げは昨年に比べ10%、男性用に至っては約40%も増えたとの事。担当者はクールビズ人気が後押ししているのではないかと分析している。
実は筆者も浴衣を着たい。しかし抵抗がある。家から着てゆくのが・・・。
できるなら街中などに出てから着替えたいというのがホンネ。
こういう考え方をする自分を振り返って、上述の話ではないが、つくづく自分が生粋の日本人である事を悟る。同感される方も中にはいらっしゃるだろう。「街中に出てから着替えたい」という潜在需要は多い気がする。
そこで「浴衣着替えコーナー」なる”お着替えスペース”のビジネスモデルを考えてみた。百貨店の催事フロア、ファッションビルで考えられないだろうか。大量の着替えボックスを備えて。もちろん浴衣も販売する。これに付随させるサービスも考えられる。正に百貨店の催事に通ずる。
上述の男性用浴衣の大幅な売上げ増は次なる大波のサインと見るべきだろう。来年の浴衣売場の進化に期待したい。
2005年08月09日(火曜日)
#084.商業施設のエンターテインメント化は極自然な進化
新聞記事によると9月7日にオープンする心斎橋そごうは、エンターテインメント性を前面に打ち出し集客力アップを狙うとの事。
方向性は間違っていない。ファッションビル界では階上に映画館を持つビルも多い。シャワー効果については何度も述べている。デパオクに関しても以前執筆した。
かつて百貨店は、休憩の為のベンチすら殆どなかった。消費者は効率を求める姿勢を無意識に感じとっている。
効率を求めると百貨店は途端に面白くなくなる。過剰包装を無くす事が出来ないのもこの為。
ファッションビルとの違いはここにある。
逆に言うと非効率を求めないと威信を保てないほどファッションビルと百貨店の差異がなくなってきているとも言える。
非効率を目指せとはおかしな事を言っている様に思えるかも知れないが、百貨店で買い物をした時の会計を思い出して欲しい。店員が小さいトレーに客の代金乗せてウロウロしている姿はよく目にする。こんな非効率が消費者に許されてきた現実に目を向けるべきだろう。無駄の楽しさとは言いすぎだが、百貨店独特のプロセスはそれさえエンターテインメントと言えるのかもしれない。
百貨店のエンターテインメント化はむしろ遅すぎたと認識すべきだろう。今後、百貨店のエンターテインメント化が「遊び=子供」という安易で幼稚な発想に陥らない事を願う。
2005年08月02日(火曜日)
#083.子供の代わりにペット・・・そんな時代が迫っている
子供の代わりにペット。ペットの代わりに死なないロボット・・・。
子供の代わりにペットという人が増えている。独身で寂しいから。家族がいても、口答えのしない裏切らないペットに心の寄り所を求めてしまう人もいる。こういう社会傾向は今更議論するまでもない。
丸ノ内や銀座界隈を歩いていると、玩具犬(こういう言い方は好まないが分かって貰えるだろう)が散歩というよりダッコされて、人間が散歩している光景に何度も出会った。ダッコしつつファッションビルにも入る。
最近の、暴れる人間の子供よりしつけがなっている。
一見すると自分の事を理解してくれているような犬の仕草、ペットに傾倒する気持ちがわかる。あらゆる飼い主に話を聞いてきたが殆どが人間と同格、またはそれ以上の愛情を注いでいる。口答えしないのがポイント。
晩婚化、少子化、離婚率の増加(家庭不和の増加)、所得減少…。どれだけ好材料を持ち出してきて見積もってみても、日本において子供の数は今後絶対に増えない。
アパレル界は真剣にペットアパレルなる市場の拡大を意識しなければならない時期が来ている。統計を見てみても子供の数とペットの数は反比例している。
以下にWEBサイト”社会実情データ図録”のアドレスを記す。
衝撃的数字が網羅されている。大きい視点でマーケットを見るには適している。
■社会実情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/
■飼育しているペットの種類(家族の一員的、感情移入しやすい犬猫の増加が目立つ)
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2500.html
■集合住宅におけるペットの飼育
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2600.html
2005年07月26日(火曜日)
#082.渋谷109、ショップレベルで参考にしてはならない事例
渋谷109はショップレベルで参考にしてはならない。ビル自体にエンスーがついてしまうとショップが過大評価されてしまう。
”109のセシル”、”109の・・・”が一つの固有名詞になってしまっている。実際このひとくくりのキーワード検索でこのホームページへ訪れる人も多い。こういうビルはなかなか存在しない。それだけに特異なビルの事例として参考になるかもしれない。
109セシルについては以前も取り上げた。アパレルショップでは間違いなく日本一の集客力だろう。というか世界一かもしれない。一度店の中に入るとなかなか外へ出る事が出来ないのだから。服を選ぶ事さえままならない状態。ラッシュアワーの満員電車を思い出していただければ有り難い。
ちょっと話は逸れるが、ビルの存在について。ビルデザインのシンボル化。あぁ、あのビル・・・、丸っこい・・・、クラシックな・・・、中に巨大な鯨が泳いでいる・・・。シンボル化されるビルのデザインはどういう状況であっても有利。
ビジュアルで商売しながら、ビジネスライクな面白くないビルデザインは多い。効率を考えるなとは言わないが、面白い外観、面白い空間デザインのビルほど高集客というのも事実。個々で効率を目指すのは木を見て森を見ていない証拠。面白い街、面白いビル、面白い店。これらが備わってこそ最高の効率をたたき出す。この事はファッションビル研究所のサイト趣旨でも述べている。
渋谷109はショップレベルではなくビルレベルで参考にするのが正解。
2005年07月19日(火曜日)
#081.百貨店の常識はどこかオカシイ、情報のインデックス化が必要
大手家電量販店のディスプレイを参考にすべき。カテゴリーを越えて使用される、例えばメモリーカードを考えてもらえば分かる。メモリーカードはデジカメでも使うし、パソコンでも使われる。デジカメ売場、パソコン売場とも同じだけ置いてある。デジカメ用のメモリーカードを探すためにパソコン売場に足を運ぶ必要は無い。これが当たり前。
こういう当然の事が百貨店では無視されている。
筆者の場合、痛感したのがサングラス。今年も一つ欲しいなと思い東京、大阪の百貨店を歩き回った。
とある百貨店のサングラス売場へ行くと、シーズン商品なのに余りに数が少ない。驚きと不満を抱え案内所へ行って聞いてみると、案の定、特設会場などで他のフロアにもあるとの事。その後、他の百貨店でも同じような事態に何度も陥った。
案内所の人が、複数に分かれた売場を打つ鐘の如く即答してくれたのが印象的。百貨店での案内所の存在意義が分かった。
結局、どちらの売場も重複するサングラスがあったり無かったり・・・。どうしてもこういう事態を避ける事が出来ないのなら、他のフロアにもサングラス売り場がありますとインフォメーションすべき。
整理されていない情報は無価値。エスカレーターやエレベーター前に掲げてあるインフォメーションボードは酷いものが多い。隣町へ行きたいだけなのに世界地図を見せられているような感覚。
筆者の様にすぐにインデックス化を求めてしまうのはゲーム脳ならずコンピューター脳の仕業か?
2005年07月12日(火曜日)
#080.アパレル各社、WEBサイトの活用法に疑問
未だにFLASHを多用しているサイトが多い。ブランドイメージを最大限に引き上げたい気持ちは分かるが、閲覧性はかなり悪い。
アパレル外だがアップル・コンピュータのホームページは良い手本。FLASHを使っていない。大企業では珍しい。
http://www.apple.com/jp/
WEBサイトの本質を理解していない上層部がWEBサイト製作会社が提示するFLASHサイト(通常のサイトより制作費が高い)の見栄えに踊らされているのが現状だろう。
要するに古くて安っぽい発想、コンセプトをWEBサイトでわざわざさらけ出している。
例えば、どこかのショップで見かけたあのブランドのバッグ、他はどこで扱っているのだろう?幾らだった?今でもあるかな?
ブランドイメージだけでなく、点在する要求を結びつけるのもWEBサイトの役目。自ブランドの商品さえまともに紹介していないサイトばかり。
結局サイトで見つけることが出来ず、各店舗を駆けずり回った経験のある人もいらっしゃるだろう。それどころか検索中に本命のサイトがヒットせず怪しい小売サイトにたどり着いて商品に安っぽいイメージを抱かせる事もしばしば。
そういう意味でもサイトで自ブランド商品を網羅する事は必須。
ファイブフォックスブランドはWEBサイトすら存在しない。
意図は分からないが、やはり好ましいとは思わない。
2005年07月05日(火曜日)
#079.女性発想デザインの固執化、水着売場はトレンドデザインの縮図
<今こそ男らしさ女らしさ、ジェンダーデザインを>
ファッションビルに水着ショップが続々と出来ている。水着売場を見ているとビキニが殆ど。ワンピースの少なさに驚く。多様化という観点でビキニ偏向は好ましくない。
”ビキニで積極的になりつつ柄化やフリルで体型を隠す”的発想の水着が如何に多いことか。これは正に女性特有、更に言えば日本女性特有の発想だろう。
こういう見方で水着を見ていると表面積が小さいだけにアパレルのトレンドデザインの縮図になっている事に気づく。デザインに男性発想が感じられない。
結局の所、ファッションは見られる事で始めて意味を発揮する。理論的にそのファッションを見る人の半数は男性である事を意識すべき。
優秀な女性デザイナー、スタイリストといえど男性側の趣向は理解できない。逆も然り。
少々話が超越するが女性ファッション誌も同じ。女性の中だけで流行を創出していてもそれ以上の進化は無い。男性にとってつまらないデザインばかりになる。
数年前のジェンダーフリー思想の台頭はファッション界にとって実につまらない現象だった。今こそ、男らしさ、女らしさのジェンダー発想デザインを異性に求めるべき。
最近になって撥水、速乾などの機能性水着が多く出回ってきている。オーダーメイド水着も好評とか。
水着は人前に出ることができる最低ラインのファッション。ジェンダーを極めるファッションとも言える。デザイナーにはこの観点での進化を求めたい。
2005年06月28日(火曜日)
#078.百貨店の”専門店化”と”箱ショップの壁撤廃”は要注意
<ブランドの本質とは差別化である>
もはや専門店化する百貨店とファッションビルの違いは殆ど無い。
新宿三越は2005年3月31日に「アルコット」として百貨店から雑貨中心の専門店ビルへ改装した。若い女性の集客を狙っているとの事。
箱ショップの壁撤廃については「2005年03月15日(火曜日)伊勢丹新宿店シンデレラシティの大改装」で一度述べた。ブランドの敷居を低くし、排他感を無くした売場は成功した。
ここでゲート効果について話す。クレジットカードを思い出してほしい。シルバー、ゴールド、プラチナ・・・。第一のゲート、第二のゲート・・・。人はある程度の敷居があると、入りたくなるという衝動が起きる。百貨店には二つのゲートがある。百貨店自身が第一のゲート。インショップが第二のゲート。
百貨店のファッションビル化と、箱ショップの壁撤廃は見事に百貨店の二つのゲートを取り払っている事に気づくだろう。
百貨店界はブランドの定義を見失ってきている。敷居のないブランドはもはやブランドではない。ブランドの本質とは差別化なのだから。極論すると敷居あっての百貨店。敷居を無くす事は自虐行為とも言える。ともかく見てもらわないと始まらないショップ側にとっては、ブランドイメージの維持が足かせの様に思うだろうが。
伊勢丹新宿店の箱ショップの壁撤去戦略は、一見平場を思わせるだけに百貨店自身のブランド保護になっているように見える。
が、上述の様に二つのゲートを取り払う事によって、少しづつ百貨店自身のブランドを侵食している。この事実に目を背けてはならない。
2005年06月21日(火曜日)
#077.白ブリーフ的発想、百貨店のメンズインナー売場
なぜ箱に入れる。ひどいものは箱に入ってさらに引き出しの中にある。しかもぎっしり詰め込まれている。横には申し訳なさそうにハンガー掛けされたサンプルがある。
これらの風景はどの百貨店でも同じ。
客がどうしても中を確かめたかったのか、一度開封された形跡のあるケースが多い。当然だろう。多くの消費者が日常的に地肌に接するインナーは肌触り、伸縮性など素材のシビアな吟味が必要であると感じている証拠でもある。
やはり箱に入れる意図は高級感の演出以外考えられない。
最近は機能性素材も積極的に取り入れられるようになってきた。それだけに中身より一瞬のミテクレ重視に走る百貨店の古めかしい発想は、自ら百貨店の存在意義を否定しているようにみえる。
ウン・ナナ・クール、PJに見習うべき。
2001年にワコールから派生したウン・ナナ・クールは重ね置きからハンガー掛けにしたことによって売り上げが伸びたという。ピーチジョンは通販がメインにもかかわらず、実店舗も高集客を誇っている。もちろんハンガー掛けだ。
ここで水着売場の事例を持ち出すのは多少難アリかも知れないが、ちょっと思い出してほしい。メンズ、レディス共にケースに入った状態で販売されているだろうか。これは地肌に直に着つつ、水着をアウター認識しているからだ。
ウン・ナナ・クール、PJの顧客も同じ。彼女たちも、身体から見てインナーは水着同様アウターであると認識している。
メンズインナーは、ローライズボクサーブリーフなど新デザイン、新素材がどんどん投入されて華やいでいる。
インナー的発想から水着的発想へ。これが百貨店メンズインナー売場の今後の改革課題だろう。
2005年06月14日(火曜日)
#076.携帯品の収納場所に困る夏服、手ぶら族のアイテムに注目
ウエストバッグ、ヒップバッグ、シザーバッグ・・・
最近、街中を歩いていて感じるのが”手ぶら族”の増加。筆者もその一人で、シザーバッグをジーンズのベルト通しにカラビナでぶら下げている。ポケットには何も入れたくない主義で、大き目の財布、携帯電話、ハンカチ、鍵類など全てここに入れる。他の物を入れる余裕がほとんど無い。
iPodに代表されるハードディスク型携帯オーディオは意外に大きい。最近の携帯電話の巨大化も気になる。コンタクトレンズ使用者なら目薬も必須になるだろう。
カーゴパンツがもてはやされる理由が分かる。
カーゴパンツはカーゴ(貨物)船の乗務員の作業用パンツ。
シザーバッグはネーミングどおり美容師が腰につけるバッグ。
職人の効率至上主義で考案されたこれらの収納スペースは、巨大化、多様化する携帯アイテムの救世主になっている。
筆者は去年あたりから腰のベルトを外し、腕時計を放棄し、手提げバッグをやめた。とたんに、無意味に歩きたくなるほど快適になった。特に手提げバッグをやめてシザーバッグにした事が奏効したようだ。
以前から、とあるカジュアルバッグショップを注視している。このショップは価格設定に少々の問題があるが、品揃えは手ぶら族御用達アイテムで満載。
面白い事に、暑くなり携帯品の収納場所に困る夏服が増えるにつれ集客力が上昇する。
クールビズに代表される社会の軽装化傾向において、上述のようなショップは是非見ておくべきだろう。
デザイン関係者、企画者は手ぶらの快感を知っておかなければ、今後更に増えるだろう彼らの需要、要求に確実に置いていかれるだろう。
2005年06月07日(火曜日)
#075.ジーンズのセミオーダーの定番化は当然やってくると考えるべき
気象庁は6〜8月の気温予想を「北日本は平年並み、東日本、西日本、南西諸島で平年並みか高め」と発表していたが、先日「熱帯の対流活動弱い」として冷夏の可能性を示唆していた。要するによく分からない状況らしい。
夏場、ジーンズの中はサウナ状態だ。家に帰って脱いだ時は実に快感。こういう楽しみ方もあるのかと皮肉に思いつつも、頻繁に洗う事が出来、乱暴に扱えるジーンズはハードローテーションで活躍する。
夏が近づくにつれライトオンスデニム、ドライデニムが使われたジーンズが出てきているが、ジーンズに限ってはドライの方向性より通気性を目差すべきだろう。トップスとは違いボトムスは煙突効果が期待できないのだから。現状のジーンズの中は絶望的密封空間。
ショップでジーンズを見るたびディテールの進化、こだわりには驚かされる。ヒゲはもちろんの事、ブラスト加工、シェービング加工、裾の内側には歩いて靴が擦れたのを再現しているのか小さい引っかき傷のような加工もしている。カジュアルにおいてジーンズ愛好者は非常に多い。デザインの多様化は当然の事。
先日テレビでアメリカのジーンズ事情についてやっていた。アメリカではセミオーダーのジーンズが人気との事。価格は大体3〜4万円。生地はもちろん、ボタン、ジッパー、ポケット、縫い糸など選択可能。
価格設定には抵抗があるが、ジーンズのセミオーダーが、スーツのセミオーダー並みに定番化すれば価格はもう少し落ち着くだろう。
量販店でもスーツのセミオーダーが当たり前の状況にあって、カジュアルの代名詞ともいえるジーンズのセミオーダーが一般的でない現状は不自然と捉えるべきかもしれない。
2005年05月31日(火曜日)
#074.ユニクロは無印良品より日本におけるGAPのブランド戦略を見習うべき
ユニクロはアパレルの消費者行動を研究するべき。
極言すると必要のないものを買いに行く場所がアパレルショップの本来の姿。必要ないだけにブランド性が問われる。
ユニクロは国内でブランド指向を目指すのはもはや手遅れ。品質をあげてもイメージは追い付かない。国内ではユニクロは”ひたすら安い服”の代名詞となりそのイメージで固着してしまった。
ユニクロは海外出店を加速させている。意識しているかどうかは分からないがGAPのようにブランドの再構築を海外に求める戦略は明るい。海外でブランドを洗うという感覚。
更に話を進めると、トヨタのレクサスのように”ブランド逆輸入”という展開も考えられる。
無印良品(コンセプトとしては”ノーブランド”を掲げているが実際は既にブランド化している)は家具、家電、ファブリック、アパレル、食品、自転車に至るまで存分にブランドのシャワー効果を発揮させている。ユニクロの真似たい気持ちは痛いほどわかる。が、多角化を目指すのなら無印良品よりまずGAPの日本におけるブランド攻略の軌跡を研究するべきだろう。
ブランドを再構築してから多角化を目指さなければ、再び”ひたすら安い”といういうイメージで身動きが出来なくなってしまうだろう。
2005年05月24日(火曜日)
#073.GAP、価格調整制度が買い控えに拍車、負のスパイラル
《GAPの価格調整制度》
購入した商品が購入後14日以内に値下げがされた場合、レシートを持っている場合にのみ、一回に限り価格調整が可能。
価格調整制度が、買い控え⇒安易な値下げ⇒買い控え・・・を繰り返し誘発させている。
この制度は値下げ前購買者の救済を目的にしているものだが、同時に購買予定者の価格に対する不信感も増大させている事に気付くべきだろう。
”公団の値下げマンション問題”と同様、消費者は常に「後から買った人が得をした」とは考えずに、「高い時に買った自分が損をした」と考える。
この思考観点からすると一見GAPの価格調整制度は正攻法かもしれないが、結局のところ事後的な処理でしかない事に気付くだろう。
値下がりはともかく、決して値上がりする事の無いアパレルの価格設定を、相場によって価格変動する株式の様に扱ってはならない。アパレルにおいては値下がりによるイメージダウンの一方通行しかないのだから。当然値下げ速度とブランドイメージ降下速度は完全比例すると考えるべき。
価格に納得して購買した顧客を過剰救済しつつ新規顧客に価格の不信感を植え付ける行為はやはり本末転倒というしかないだろう。
2005年05月17日(火曜日)
#072.デパ屋の潜在的魅力
先日、毎日新聞で百貨店の屋上のリニューアルが進んでいると報じられた。東京・日本橋高島屋は園芸店や子ども向けゲームコーナーから犬の服や雑貨を販売する店に改装。京王百貨店新宿店も園芸・ペット売り場を「京王スカイガーデン」として床を木製にし、喫茶店として営業している。西武百貨店船橋店(千葉)は庭園に改装した。
デパ屋は何かオマケ、子供向けという感覚が強く、余り行く気になれなかった。筆者は今回のニュースを良い傾向と見ている。
上記の様に庭も良かろう。ただ屋上へ上がって毎回気になるというかガッカリさせられるのが風景。高いビルなのに見晴らしがよくない。安全のための柵が実に醜い。
百貨店の屋上は”展望させる”という発想がない。
高い所から風景を望みたいという潜在需要は多いはずだ。屋上をオマケと考えるのではなく、屋上にしかない魅力を打ち出すべきだろう。
大阪のE−MA(イーマ)ビルは上階に映画館があるが、ヒット映画の有無でビル全体の集客度がかなり変化すると以前執筆した。
この現象をデパ屋の少々の改装で恒久的に享受できるのなら、絶対にやるべきだろう。
2005年05月10日(火曜日)
#071.オジサンたちは”フツー”を知りたがっている
オシャレはしたいが浮きたくないというのが本音。ゴールデンウィーク中に街歩くオジサンのスタイルを見ていて実感させられた。
このコラムの読者の中に、何事においても平均を知りたがる癖のある人は居ないだろうか。筆者もその一人。
いまだ男性ファッション誌の中には現実離れしたカジュアルスタイルをよく目にする。男性ファッション誌には”洒落たフツースタイル”という感覚が欠如している。ある調査によるとジャーナリストの鳥越俊太郎氏のシャツのボタンのあけすぎに、殆どの女性が違和感を持っているとか。
ユナイテッドアローズは45歳以上をターゲットにしたブランド”ダージリンデイズ”を立ち上げた。セレクトショップだけでは競争として優位性を保てないからとの事。
以前のコラムで”個性のあるセレクトショップはもはや存在意味がない”と執筆したが、セレクトショップは今正にその状況なのだろう。
個性があればセレクトショップとして意味がなく、個性がなければショップとして意味をなくす。セレクトショップにはこれらのジレンマが常についてまわる。
これらの事を踏まえて考えてみると、セレクトショップの独自ブランド開発という方向性は極自然な流れである事が分かる。
ただ、中高年者のユナイテッドアローズに対する認知度、先入観(若者向けというイメージ)は大きな足かせとなるだろう。
今回の挑戦が現在の支持年齢層をただ単に広めると言う戦略ではなく、将来の顧客として取り込むための先取りという意味を持ち合わせているのならば非常に明るい戦略になるだろう。
2005年05月03日(火曜日)
#070.サービスをサービスと思って提供してはならない
筆者は東京大阪間の移動に飛行機を使う。最近何かと注目されている日本航空を使っている。先日日航機で東京大阪間を往復した時に気になったことがあった。今までは飲み物にちょっとしたお菓子がサービスでついていた。が、先日乗った便では行き帰りともお菓子がついていない。思わず笑ってしまうほど些細な事だが、いつも使っている人なら違和感を感じたに違いない。経費削減か?と思いつつ、重大ミス頻発で騒がれている中、あからさまにそんな事するか?と自問自答していた。
日本では”サービス”を提供していると思っていても、乗客はそう思っていない。”標準”サービスぐらいにしか思っていない。どうもサービス提供者側はこの事を理解していないようだ。
付いていて当たり前と言う感覚なのだからそれがなくなってしまえば乗客がどう感じるかは言うまでもない。
アパレルなどのショップのポイントカードも同様で、単なるサービスの一つという認識からか、カード廃止という事態に何度か遭遇した事がある。日用雑貨のショップと違いポイントはそう簡単にたまらない。より長いスパンが求められているにもかかわらず、簡単に廃止されると、限られた財布のスペースを犠牲にしてきたポイントカードの存在は一体何だったんだと憤る。
企業はサービスをサービスという感覚で提供していると、消費者の反感を確実に買うことを知っておくべきだろう。
2005年04月26日(火曜日)
#069.行楽シーズン、渋谷、台場、集客の質
桜も散り、半そでで過ごせる日も増えてきた。晴天の土曜の昼下がり、渋谷、台場を視察した。
行楽シーズンに突入し”好集客でネタ収穫を”といき込んだ台場ヴィーナスフォート。調査対象施設までの道のりの閑散振りに、当事者ではないが早々に敗北感を感じた。建物の中は外とは対照的に薄暗く、集客もお寒い状況。思わず上着を羽織った。最高の晴天日にこんな薄暗い所にこぞって来るわけもないかと自分に言い聞かせながら視察していた。
その後、渋谷へ出向いた。
調査対象ビル渋谷109の高集客を予測できるほど駅前は非常な人出だった。実際、通路をまともに歩けない状況だった。
行楽シーズンと言う環境ベースで、ファミリー向けか否かで、これだけ集客に差がつくとは想像もしていなかった。
ファミリー向け商業施設は”荒天”ならともかく”好天”でも集客は落ちるという良い事例だ。
単に渋谷と台場を比較しただけでは説得性に欠けるので、その後、客層的に渋谷、台場の中間的存在の丸の内へ出向いた。
丸の内はここ数年商業施設が立て続けにオープンし、土日はオフィス街とは思えない集客を生み出している。丸の内界隈の集客度に変化を感じる事は出来なかった。客層を見ているとやはりいつもよりカップル比率が高くファミリー比率は低い状態だった。
ファミリー一辺倒の商業施設は、職場と商業施設を融合させファミリーが車で出向く事が出来、かつファミリー臭さを感じることなくカップルでも楽しめる丸の内界隈の集客の安定度を大いに見習うべきだろう。
2005年04月20日(水曜日)
#068.フレグランスショップは放牧が正解
フレグランスショップはサンプルを置いて店員は話し掛けない事。いちいち感想を求められるのが面倒この上ない。もともと日本人はストレートに表現できないから更に面倒な事になる。
ファッションビルのフレグランスショップは平均して集客力が高い。ほとんどが放牧タイプのショップだが、中にはテスト紙にフレグランスをふりかけて通行人に試香を促すショップもある。案の定そんなショップは無人化傾向にある。
フレグランスのテストはほんの数回で鼻が利かなくなる。利き酒と同じだ。アパレルのそれとはまるで違う。
質問されたらやっと答える位がちょうどよい。好みかどうか分からないフレグランスを客に試させる行為はよいフレグランスに出会うチャンスを客から奪っているのに等しい。
トレンドは無臭化傾向にあるが、無臭は非個性でもある。多様性の中での無臭は、”裸はないアパレル界”で個性として認識されているモノトーンとは性格が違う。
ディスプレイだが、どこも狭いスペースに大量のサンプルを所狭しと陳列している。アクセサリーのディスプレイにも同じことが言えるが、商品が小さいからと詰めて置くのは間違っている。商品価値はアパレルのそれと同じか上の場合がある。先に見ている人が居ると後の人が見る事すらままならない。
商品価値ベースでスペースを与える事は基本である。
すれ違う通行人から香るフレグランスで春本番を感じる事も多くなってきた。香りのセンス如何によって、初対面なら人物の見え方まで違ってくる。フレグランスショップの更なる進化を望む。
2005年04月12日(火曜日)
#067.男性用ファンデーションの失敗は汚点ではなくボトムと認識すべき
最近、「男性用ファンデーション」というキーワードをたどって本ホームページへ訪れる人が増えている。
このキーワードは、かつてこのウィークリーコラムでたった一行「数年前発売された”男性用ファンデーション”は大コケした。」と触れたに過ぎない。実際ヤフーで「男性用ファンデーション」を検索してみると24件(2005年4月現在)しかヒットしない。
”大コケした”という消極的記載にもかかわらず、ネット上の情報の少なさから閲覧していくのだろう。閲覧者が、消費者であるのか、関連業者側であるのか推測しかねるが、この事実は心にとどめておくべき事項だろう。
男性ファッション雑誌も、毎号と言っても良いほど特集を組んでコスメ紹介、美容法などを掲載している。筆者は日差しが強くなってくると日焼け止めを顔と体に塗る。毎年そのシーズンになると女性の化粧の大変さを思い知りつつ、日焼け止めで軽く白くなった自分の顔を見て、目的は違うにしろ、これもファンデーションの一種なのかと納得する。
開発者側の意図しない使用方法でヒットした商品は数多く存在する。世間の風当たりが強い男性用ファンデーションに正攻法は通じない。
逆転の発想で”消費者に目的のすり替えをさせる”という考え方で商品開発をすることは出来ないだろうか。
男性用化粧品大手マンダムは女性用化粧品の開発に着手したが、株式市場で「総悲観は買い」という格言があるように、コスメ関係者もかつての大コケ市場を”汚点”と処理するのではなく”ボトム”と認識すべきではないだろうか。
2005年04月05日(火曜日)
#066.厚化粧と同じ、真夏の上着はヤリスギと考えるべき
先日、小泉首相は、閣僚にノーネクタイ、ノー上着を提唱した。首相は地球温暖化対策推進本部の会合で、今夏の省エネ策として首相と閣僚が率先してネクタイと上着の着用を自粛する「ノーネクタイ、ノー上着」を提唱した。
<失礼を意識しすぎて逆に失礼になっている現在のスーツスタイル>
失礼か否かを議論していくと結局”相手に不快感を与えるか否か”という所に議論が集結する。
うだるような真夏、コンクリートジャングルを歩くスーツスタイルビジネスマンはどう見積もっても見た目大変不快だ。
涼しいスーツの開発は年々進んではいるものの、灼熱のコンクリートジャングルでは焼け石に水状態。
以前のコラム「2004年10月21日ライブドア堀江氏に見るノータイの評判」で、ビジネスカジュアルが浸透していたアメリカで最近、「服装で損をしたくない、良く見られたい」という理由でスーツスタイルへ戻すビジネスマンが増えてきたと伝えた。
筆者はビジネスの場で見た目不快でなければスーツ、カジュアル、いずれであっても良いと考えている。服飾に限らずあらゆる発展、進化は、常に多様性が鍵を握っているからだ。
ビジネス界のあらゆる権力者は”お飾り”であるタイを肯定、強制しつつ、ファッション性や合理化によるノータイを否定している現在の一般常識の矛盾に早く気付いて欲しい。
2005年03月29日(火曜日)
#065.フィッシュ哲学で見出すオフィスファッション
24日、東京・丸の内エリアのブティック16店舗が参加したファッションショーが丸ビルで行われた。女性誌モデル12名が華やかにオフィス街で働くOLに向けて「丸の内スタイル」を披露した。
2000年に発刊されたフィッシュ哲学の本(FISH!)は仕事は楽しまなければならないという、活気あるシアトルの魚市場をヒントに執筆された本だ。当時、朝の経済番組でも取り上げられ、店員同士が豪快に売り物の魚を投げ合って楽しんでいる姿が印象に残っている。この本の紹介文に「マクドナルドから米国陸軍まで世界中で4000もの組織が本書で成功!魚市場に学ぶ、オフィスを変える4つのコツ。」とあって思わず笑ってしまった。
痴呆症の老女に根気強く毎日化粧を施していると女性が本来持っている美しくありたいという強い願望が呼び起こされ病状が改善したという事例があるように、女性(男性も)がウキウキするようなセンスの良い制服をまとえばフィッシュ哲学が言う「個人がハッピーに仕事ができれば企業の生産性も高まる」に少しは近づけるだろう。
非常に口が悪いがモッサリした制服の女性従業員を見ると、仕事楽しくないだろうなと余計な心配をしてしまう。
直接人の心理に訴える制服は統一感のみならず志気をも左右しかねない重要事項であることを権限者は知っておくべきだろう。
どうかフィッシュ哲学にならったと言ってオフィスでいきなり魚の代わりに書類を投げ合わないで欲しい。
2005年03月22日(火曜日)
#064.ハービスエントの集客と警備員
国内最大規模のブランドショップ集積地ハービスエントの集客は流通業では人出が落ち込むとされている2月でも好調だった。
警備員が整然と立つハイエンドのブランドショップに冷やかしとしか思えない若い女性がひっきりなしに入って行く。比較的単価の低いカバンや小物類も人気商品になっているというのもうなずける。
警備員の有無は集客に大きな影響を与えるが、グッチなど人気ブランドとはいえ警備員を店内に配置させるショップでこれ程の集客は珍しい。
彼女達を見ていると、他の人達が大勢入って行くから抵抗無く入店できるという感じだ。集客度と排他感は反比例の関係にある。右にならえの日本人に至っては更に明確度が増す。
警備員のいかにもというイデタチは威圧でしかない。接客までカバーする必要は無いが、ブランドショップという性格を考えると警備員の制服は絵にならない。
警備員や警察の制服は威厳を持たせるために丈の高い帽子、肩幅の広いジャケットで招かざる者に威圧感を与える事を目的としている。鍛え抜かれた体ではスーツに目立たない腕章だけでも十分に威圧感がある。
招きたい客も追い払っている警備員を見ていると、アフリカの魔除けのお面を思い出す。
2005年03月15日(火曜日)
#063.伊勢丹新宿店シンデレラシティの大改装
百貨店業界はハイティーン向け売り場を縮小する傾向にあるが、今回の伊勢丹新宿店シンデレラシティの大改装は少子化対策の一環で、百貨店離れしているハイティーンを再び呼び戻そうとしたものだ。
ハイティーンを呼び戻すとしても伊勢丹ブランドを安売りせず、10代の客単価を15%引き上げ渋谷ブランドとは一線を画す独自性を出す方針だ。
今回の改装はフロアデザインにもこだわっている。2003年にオープンしたメンズ館に習い店舗ごとに仕切っていた壁を撤廃し、オープンなスペースで自由なショッピングを実現すると共に商品入れ替えのスピードアップにも貢献させる。異なるブランド間での接客差解消のために独自マニュアルも作る。
以前、伊勢丹新宿店のメンズ館を視察した時はかなり驚かされた。伊勢丹新宿店は婦人服売り場の集客力も高いが、紳士服売り場は他の百貨店のそれとは別格の集客力だ。今まで活気ある紳士服売り場を見たことが無かっただけに深く印象に残っている。フロアデザインの違いが集客力に多大な影響を与える好事例だ。
今回の大改装で帽子のCA4LAが百貨店初出店する。ファッションビルにおけるCA4LAの集客度は高い。それだけに百貨店の消費者がこの出店をどう評価するのかが楽しみだ。
このような百貨店の積極的なハイティーンの呼び戻し戦略が広がり、ファッションビルとのブランド共有によるシナジー効果が現れることを期待する。
2005年03月08日(火曜日)
#062.着物の方は無料、京都の地下鉄やバス
京都の伝統産業を紹介するイベント期間中、京都市などは、着物を着た人について市営地下鉄や市バスの全区間、一部観光施設の入場を無料にする。
京都の風情ある街並みに無節操な近代ビルの乱立を許し、和の街にわざわざパリの橋を持ち込もうなどというニュースを以前から聞いてきて、日本人の自虐性にホトホト嫌気を差していた。今回のニュースを聞いて、筆者も以前から同じような事を考えていたからというのも一因し、期間限定であっても日本人として大変うれしく感じた。
かつて沖縄の役所や銀行で「かりゆしウェア」の導入が話題になった。現在では正装として認識されつつある状況にまで定着した。時の流れは意外性をも過去へ追いやる。
不動産業の営業ジャケットはスグレモノだ。一枚羽織るだけで小奇麗かつ統一感が高まり、パブリックな装いになる。
和装を広めたいと言っても、重厚な着物を仕事着にするのはさすがに無理がある。営業ジャケットのように一枚羽織るだけでパブリックかつ和装をアピールさせるような上着の開発をデザイナーに望みたい。
近くにある役所は私服が許されているのだが”私服=だらけた装い”と誤認識した一種ふざけた職員の存在も確認される。ただでさえ公務員に対する風当たりの強い現在において、だらけた服装の職員は悪の広告塔にもなりかねない。
公共性の高い職場は最低ラインの服装規定を設けると共に、京都に限らず各地域の自尊心、愛国心を向上させる為にも改めて和装を奨励してもらいたい。
2005年03月01日(火曜日)
#061.気候、天候を味方にする発想
昨年秋から冬にかけての異常気象は、小売業界に深刻な影響をもたらした。11月の百貨店は、本当ならコートやブーツなど冬物衣料のかき入れ時のはずだが、売り場は閑散。「早く寒くなってくれと祈るような気持ちだった」という百貨店幹部の嘆きがヤフーのニュースに掲載されていた。
これらの事は気象庁の3カ月予報で大方の予測はつくし、元来不安定な気候や天候を売上不振の槍玉に挙げるのは如何なものかと感じた。
統計でしっかりそれが現れているのなら、統計で対策をとるしかない。
この類の対策はリスク分散が常套手段になる。青物業界では先物取引、価格安定システムなどかなり以前から対策が講じられている。天候に最も左右されやすい業界がゆえ発達したシステムだ。
上記のように暖冬の影響で冬物コートが出ないと予測できたなら暖冬用のコートを開発するなども考えうる。
以前のコラムでも触れたが銀座プランタンでは「HAPPY RAINNY DAY」と銘打って、雨が降った日限定のサービスを提供している。これも一種のリスク分散システムと考えてよいだろう。
気候、天候というどうしようもない相手を攻略するには、上記の様に発想をプラス方向へ転換させるしかない。
未だ気候に左右され、ただ嘆いているファッション業界を尻目に、最も影響を受けるであろう青物業界が様々なリスク対策を講じ、うまくシステムが稼動している現状を見ていると百貨店幹部の嘆きは泣き言にしか聞こえない。
ちなみに、気象庁は24日、夏(6―8月)までの暖候期予報を発表した。夏らしい暑い夏になる可能性が高いとの事だ。
2005年02月21日(月曜日)
#060.集客スポットを創出したいのならマンション業界を見ればよい
筆者は大阪東京間の移動は飛行機を使っている。帰り、空港で最終便を待っている時、地域による気質の差がハッキリ現れる。具体的に言うと筆者の乗る大阪行きのロビーでは案内アナウンスが流れる前から搭乗口に人が並びだす。他方面へ向かうロビーではこの現象は見られない。合理的思考を持っているのなら案内アナウンスが流れるまで待合シートに座っているだろう。せっかちが多い。かつてこの気質の原因をたこ焼きに見出そうとした事もあったが、やはり大阪商人の血が引き継がれているのだろう。
何事にもイラっとしてしまう程スピード重視でありながら大阪中心部からアクセスしにくい又は車でしか行きたくないベイエリアに商業施設、娯楽施設を乱立させた大阪の第三セクターのダメっぷりは周知の事実である。
ただ単に古いだけの存在を大切にするという妙な風習のせいか集客スポットになり得る地域の再開発が後回しにされ、埋立地のベイエリアに労力が注ぎ込まれてきた。
かつての大阪商人のスピード、身軽さを復活させると言う意味でも郊外に集客スポットを置くのではなく、相乗効果狙いで大阪中心部に一極集中的に集客スポットを置くべきである。
マンション業界では都心回帰現象が起きている。野村不動産によると、ファミリーというよりシングル&カップル世帯がこの現象を後押ししているとの事。現在のファッションビルにおけるメイン顧客であり、この視点で見てみても、都心回帰、一極集中的に集客スポットを置くのが得策であるといえるだろう。
2005年02月15日(火曜日)
#059.公園に子供がいない、本当にいない
少子化はかなり前から叫ばれていた事だが、公園から子供の姿が消え始めた事を感じつつも子供の遊び方の変化によるものだと気にも留めていなかった。しかし最近最寄の駅まで歩くようになって、筆者が子供の頃良く遊んでいた公園を覗いてみると、土日の午後なのに本当に子供がいない。もはや遊び方の形態が変わったからだと説明付けできない状態だ。
これらの事をリアルに感じていた矢先、両国予備校が少子化の影響を受けて閉校した。現時点でこの状態だ。
現在、人口の逆ピラミッドを築いている底辺が本来の底辺の長さからかけ離れた差分だけ子供・若年層をターゲットにしていた業界に脱落組が存在すると考えられる。このまま逆ピラミッドの形状を維持しながら上方へ移動していくなら、次の脱落組はその上の年齢層にターゲットを置く業界だ。正にファッションビルの主な顧客層に当てはまる。少子化によって、一人娘、一人息子だからと金をつぎ込む親が増える事は容易に想像できる。ベビー、子供市場の対応策は高級化で間違いないが、ファッションビルの主な顧客層、親離れ層に対する明確な少子化対策、ベクトルは見出せない。
報道、統計などの数字を眺めていても、どうしても少子化をリアルに感じ取り、危機感を覚える事は出来ない。是非これらの事を踏まえた上で、土日の公園の様子を改めて眺めてみる事をお薦めする。
2005年02月08日(火曜日)
#058.仕舞い遅れた雛人形は見苦しい
ファッションビルのバーゲンの引きずりと低集客の関係を例えるなら、雛人形の仕舞い遅れによる未婚状態と未婚状態を世間の晩婚化に訴える娘だ。
1月末の土曜日午後、ファッションビルの集客調査へ出かけた。怖いほどの無人ぶりだ。余りの無人ぶりに途中で調査を放棄した。各ショップは”ファイナルセール、再値下げ”の札をベタベタと貼り付けている。見栄えの悪さは当然で、どれだけ引きずればいいのかとあきれ返った。余りの収穫の無さに、隣接する大手百貨店を覗いてみると、かなり盛況していた。もちろんバーゲンは既に終えている。バーゲンを引きずるファッションビルを横目に、8年連続売上高マイナス成長を報道されつつも、潔さで集客を稼ぐ百貨店に明るいものを見た。
ファッションビルの無人振りを消費者心理的に説明すれば”どうせ売れ残りばかり…”が本音であろう。無人ぶりはそれを暗に示された結果で、常に新鮮さを求める消費者層を顧客に持つファッションビルにおいて、新鮮さに欠く”引きずり”は最悪ともいえる。
ベタベタと札を貼るセンスの無さと、それをファッションビル全体でやってしまえる又はそれを許しているファッションビル自体に改善の見込みを見出せない質の悪さを覚えた。
2005年02月01日(火曜日)
#057.渋谷109、驚異的集客力のセシルマクビー、集客の要因
連れと思われる男性陣がショップの前の通路を隔てて壁際にずらっと並んで待っている。熱気に満ち溢れた彼女達と、それを冷めた眼差しで見ている彼らの視線を遮りながら店内を見てみるとバーゲンセールでもしているのかと思うほど店内は異様に盛況している。109のセシルマクビー、毎度の調査風景だ。
他のファッションビルのセシルマクビーの集客結果と見比べてみても渋谷109のセシルマクビーは別格の存在である。
ブランド目当てに来ているというのは当然の事として、その理由だけでこの集客力は説明できない。明らかに109のセシルマクビーだから来ているというのがある。要因は幾つかあるが、最大の要因はファッションビルのターゲット層とブランドのターゲット層が”ウマニンジン”状態にあることだろう。セシルマクビーのブランドマトリクスはカジュアルとエレガンスの中間で、ターゲット層が10代後半から20代前半まで。109の客層そのもの、あるいは少し上がターゲットだ。
109ではセシルマクビーとターゲットを共にする背伸びブランドはどこも盛況している。彼女たちの背伸びしたい症候群だけが109を支えていると極言してもいい。ビルとブランドの”ウマニンジン”状態が続く限りこの高集客は変化しようがない。
現時点におけるファッションビルとブランドの相乗効果の最高事例であろう。
2005年01月25日(火曜日)
#056.ブランド意識調査の本当の着眼点
台場にあるトヨタのテーマパークMEGAWEBはヴィーナスフォートに隣接している。
中国人の多さには毎回驚かされる。言葉を発するまで全く気づかない。殆どがファミリー連れで純粋に観光で来ているという感じだ。服装も日本の最新カジュアルで完全に溶け込んでいる。中国人の順応性の高さをこんな所で再確認させられた。
中国人の日本車ブランドに対する好感度は欧州車より低いとか…。それはさておき、ある調査によると北京、上海、広州の3都市で、25〜39歳のビジネスパーソン600人を対象に消費調査をした所、購入の際にブランドを意識する人は40%と、日本人の2倍。単にこの調査だけで”中国人はブランド好きである”と断定は出来ない。経済力が高いほどブランドに傾倒する傾向があるという法則があるからだ。それを勘案してもブランド志向が日本の倍という事実が重いせいか”中国人の虚栄心の強さが現れている”と結論付ける人も多い。半分意地悪チックな結論付けに見える。
ブランド意識調査を単に虚栄心の強さを表すモノサシと認識するより、上述したように、経済力が高いほどブランドに傾倒する傾向が万国共通法則である事を踏まえ、この調査の着眼点を国民の経済力の高さ、真の豊かさの指針と認識するべきで、この着眼点で調査結果を改めて分析してみると、日本人は中国人より経済的に豊かでないという恐ろしい見方も出来る。
イケイケドンドンの中国経済、中国人の覇気を見ていると、ブランド意識調査の本当の着眼点が虚栄心の強さを測るモノサシではなく、豊かさのモノサシである事を見出せる。
2005年01月18日(火曜日)
#055.新成人の興味深いアンケート調査
毎年テレビに映る”粋がる新成人”を見る度、筆者の”30歳成人説”の正しさを再認識し、心からその事への悦びに浸る。ここ数年、悦びっぱなしだ。
SEIKOのホームページにある”新成人が考える「時」の意識アンケート調査”は実に興味深い。
今のあなたの時価総額はいくらだと思いますかという問いに、最も多かった回答は「0円」で、このうち「若さ」や「将来性」を「金額で換算できない」という回答が64.3%。解説には”反骨精神、自尊心の表われ”であると結論付けている。
上位の意見を見ていると、消極回答かつ現実主義である事に気づく。粋がっている新成人とは結びつかない意見が多いが、好景気を殆ど知らない世代である事を考えると納得できる。
以前のコラム(2004/06/02(水)高度成長期を知らない世代)でも触れたが、粋がる夢追い人が存在する一方で、不況がデフォルトである環境により価値基準が経済観念に左右されない淡々とした現実主義者も多い。上記環境によりこれらの世代は経済的悲壮感を感じにくい体質を持っているとも言える。これまでの日本人の消費観念と一線を画す世代であり、これらの世代が本格的に社会進出し、筆者の言う成人年齢に達するする頃には日本の消費性向は物欲性から趣味性への移行が完了しているだろう。
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