ファッションビル研究所

2004年04月21日(水曜日) #017.携帯時代における腕時計の存在意義

(時計をアクセサリーと捉える女性、機能として捉える男性)

女性側は時計を完全にアクセサリーと捉えている。彼女達は時計の機械的な部分、機能性などどうでも良く、問題はその時計が一般認知ブランド(ファッション雑誌で取上げられている等)なのかそうでないのかが重要なのだそうだ。そうでないものにお金をかけるのは”お馬鹿さん”と思うらしい。
男性は小さい頃から機械的なものや機能的なものに憧れる。筆者も例外ではない。時計に限らず機械の事に関して話し出すと止まらない男性も多い。デザイン・ブランドより性能・・・。こういう男性は未だに多い。稚拙な考察かもしれないが、こういう男性側の意識が技術大国日本と言われる所以だろう。
これらの事象を悪く言うと子供っぽい、虚栄心が高いといえるだろう。
筆者は腕時計を外して間もない。今から思い返してみると腕時計をアクセサリーとして見てみても許容し難い不快さがよみがえる。重い、シャツの袖に引っかかる、冬場は冷たく、夏場は不潔になる・・・。まるでジーパンのような言われようだが、実際そう感じる。今までは外出時に腕時計をしているのは当たり前の事で、存在意義を考えた事も無かった。”有るからさす”という感覚だ。この既成概念を振り払い、腕時計を外してみると、こんなに快適なのかと感心させられた。
一度どれくらいの割合でビジネスマンが腕時計をさしていないのかを観察した事がある。意外な事に、時間にシビアにならざるを得ないビジネスマンですら腕時計をはめていない人がちらほらいるのである。彼らは携帯電話に時計があるからささないと言う。先に述べた腕時計をしない事による快適性から見ても大いにこれらの事は納得できる。
腕時計をしないと言う感覚は、時計をアクセサリーと捕らえない男性特有の現象である。これらの男性の存在は時計業界にとっては実に悩ましい事象だ。
機能性を求める多くの男性消費者には、何らかの快適時計や、従来以上の、携帯電話にもついていないような付加価値或いは携帯電話に出来ない機能が必要になってきている。機能重視派の時計離れは確実に加速している。時計業界は岐路に立たされている。