ファッションビル研究所

2006年07月19日(水曜日) #119.サンダルのデザインは限界、足元の和装化は当然やってくると見るべき

近頃、休日に出掛けると浴衣姿の女性によく出会う。相対的に男性の浴衣姿は少なく感じる。
この前などドラッグストアの店員が着ていて実に風流を感じた。”いつもと違うユニフォーム”というのも相まってか、場が一挙に華やいで見えた。コストを度外視して考えると、ユニフォームを頻繁に着替えさせるというのは、売場のレイアウト変更並みに場の新鮮さを消費者にアピール出来るのではないだろうか。
ファッションビルや百貨店を見て回っていると浴衣含め夏場の和装の増加を感じずにいられない。メンズフロアには雪駄まで置いている。
カジュアルシーンならサンダルの代わりに雪駄でも違和感はないように思える。草履もおかしくないだろう。さずがに下駄では街中でうるさ過ぎかつ危険だろうが…
以前、夏場になるとサンダルが恋しいと執筆したが、未だ即買いしたくなるようなサンダルに出会っていない。
中にはトイレのスリッパと形容したいような代物が4万という値札を付けて鎮座している事もある。
サンダルを探してうんざりしているのは筆者だけではないだろう。
夏場の和装ブーム到来は快適性故であり、この快適性故の変革はアパレルに限らず他業界でも起きている。自動車業界のミニバン、ワゴンの寡占化はそれを良くあらわしている。
人がふれるアイテムのデザインは、まず人間の快適性ありきで、それを無視したデザインは劣悪と言わず、人間を無視しているだけに卑劣なデザインといえる。
クーラーの無い古来、蒸暑い日本で人々は風流で機能的な涼み方を心得ていた。それを見直すアパレル界の動向は、日本人として、人間として実にうれしい。