ファッションビル研究所

2007年04月17日(火曜日) #120.アパレルでは「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」が愛される

久々に執筆します。
去年の夏以降、実に9ヶ月ぶりです。
「一度腰を下ろすとなかなか立ち上がるのが億劫になる」というのと同じで、この9ヶ月間中に執筆したくなるようなファッション界のニュースが数あれど、「ネタの充電期間だ」と自分に言い聞かせ、自分を甘やかしておりました。
 
最近街中を歩いていて感じるのが、昔に比べると妙に街中が歩き辛くなったという事。具体的にいうと、向かってくる人の視線が定まっていないというか、ボーっとした人が多く、コチラが非常によけづらいという状況。
筆者の気のせいだろうか…
これを平和ボケなどと安易に分析はしたくない。経済という観点で考えてみると決して平和ではないのだから。
筆者は物事を考えながら歩いているのだと解釈している。要するに考え過ぎさんが増えたのではないかという事。
先日、とある百貨店の紳士物のバッグ売場で、面白いものを見つけた。
棚に「バッグを手に取ってください。そのバッグの説明が横のディスプレイ上に表示されます。」というステッカーが張られていて、好奇心旺盛な筆者は早速、片っ端からバッグを手にとって20インチほどのディスプレイに映る説明画像を確認しつつ、新技術に関心&楽しんでいた。今から考えると買う気が無かったから楽しめたのかもしれない。
もし買う気があったら数多くのバッグを見たいだろうからそんな面倒なことはしなかっただろう。バッグを見つつディスプレイも見ないといけないわけで結構面倒に感じる代物でもある。
お客参加型エンターテインメントは正常進化の過程にあると考えているし、実際筆者は楽しめたので、考え過ぎシステムと酷評したくは無いが、他の客は見向きもしていなかったというのも事実。
百貨店型紳士淑女は筆者のようにディスプレイ前で遊んだりしない。ここがこのシステムの抜けている所。
要するに今回のコラムの「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」のどちらにも当てはまらない「単なる考え過ぎさん」で終わっている。実にもったいない。
きめ細かさは日本人の特徴。きめ細かさは、悪く言えば考えすぎということになる。どちらでとられるかどうかは、やはり最後の詰めで変わってくるのではないだろうか。
 
「超考え過ぎさん」と「考え無さ過ぎさん」については長くなるので次回以降に執筆します。