ファッションビル研究所

2010年04月19日(月曜日) #128.季節物という言葉自体ナンセンスと気付くべき

まもなくゴールデンウィークに突入する。
筆者も一足早く南国へ出向く予定で、水着(サーフトランクス)を購入するためにスポーツ用品店をハシゴした。
ゴールデンウィークまで1ヶ月を切っているというのに、水着はおろか、水際で遊ぶアイテムがほとんど出ていない。
正直驚かされた。
欲しい物が手に入らないという経験をここ数年していないから、悠長に構えていた。
ネット通販ではかろうじて取り揃えているが、サイズと実際の見た目が不安で手が出せなかった。
結局少ない選択肢の中から、選ばざるを得なく、季節がちょっと早いというだけでこれほど困るのかと実感させられた。

売場のディスプレイの変化を与えるために季節感を出すのは分かる。
が、海外へ出かける人々がかなりいる中、季節外商品を抹殺する寸前まで減らす理由が思い当たらない。
というより、早々に季節物という言葉自体ナンセンスと気付くべき。
海外へ出向く人の為だけではなく、海外から日本の製品を観に来る人々もいるだろうから。
小売で欲しいアイテムが売場にないというのは悲劇的。
Amazonの躍進は、送料戦略だけが奏功したのではない。
物量戦略。まさに小売の見本。
これは百貨店の没落にも通じる事。

何でも物があるという感覚で暮らす事の出来る日本で、今回のように消費者に苦労させると、Amazonに食われる日も近い。

今回は更に突っ込んで考えてみる。
店側の言い分として、「2009年モデルを売場に出せないから」、「2010年モデルがもうすぐ出るから」というのもあるだろう。
だが、アパレル業界において新しいから良いという発想は陳腐すぎるし、筆者はこういう存在意義不明な区切りをまず無くすべきだと常々考えている。
話は、小売にとどまらずに上流まで飛んでしまうが、パリコレにせよ、ファッション雑誌の編集にせよ、何の疑問も持たずに何十年と同じことを繰り返してい る。貧しい想像力が定着。
実際、季節という切り口での彼らの仕事は、そこに定住し続ける人向けの提案デザイン・服でしかない。
要するに、〜年モデルというのを一切無しにして、真夏前にダウンジャケットの発表をしても良いと言っている。
これに違和感を感じるのなら、周囲にかなり流されていると見ていい。